Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】
【妹はCherry bomb】

7.桜子、ゲームを見る


【妹はCherry bomb(1/3)】

 ********************

 帰宅して楽なジャージ姿に着替え、部屋を出たら、何かモジモジした感じの妹が立っていてビクッとなった。目でどうかしたかと問い掛けてみたが、何かクネクネしてる感じなので、とりあえず階段を下りると、トントンと足音がついて来る。

 キッチンで麦茶を飲むのを、妹が見ている。ダイニングを横切ると妹もついて来て、リビングのソファに座ると、その傍らに立っている。
「いや、何か用かよ!」
さすがにツッコんでみたら、
「お兄ぢゃんが傍にいでいいっで言っだあああ!」
いきなり泣かれた。

 言っとくが、これは幼稚園児とか小学生低学年の妹の話じゃない。中学二年生の俺の妹、桜子の話だ。



 **********

 昼から一人でいろいろあって、桜子さんはすっかり情緒不安定であった。いきなり泣き出した妹にお兄ちゃんはオロオロするが、当人は、
(もー、恥ずかしくねー。いや、むしろ“恥ずかしい”とこ見せるのがどっか気持ちいー。何か、露出狂の気持ちがわかったかもしんないー)
人としてダメな感慨に浸っていた。


 遼太郎はそんな妹を持て余し、指で鼻と口の間を擦ると、ちょっと考えて口を開いた。
「要するに、ずっと寂しかったから俺の傍にいたいんだな?」
桜子はえぐえぐと泣きながら、首をぶんぶん縦に振った。
「でもお、お兄ぢゃんがうっどおじいって言うなら、あだじ我慢ずるう~」
「いや、いい。いていいから泣くな」
この状況で妹にあっちに行けと言うのは、遼太郎には無理な話だった。

 すると桜子はぱあっと顔を輝かせて、
「ホント? いいのっ?」
胸の前で手を組んで、にっこ~と泣き笑いになった。
(うわあ、面倒くさい(カワイイ)……)
とは言えず、遼太郎は何だか桜子が、いつも自分の後をついて来た小さい頃に戻ったように思えて、我知らず優しい顔になっていた。
「いいよ。桜子がそうしたいんなら」
「うん、ありがとー、お兄ちゃん///」
本当にいいお兄ちゃんと、マジでダメな妹であった。


 さて、泣き止んだ桜子は、リビングのソファに座り込んだ遼太郎にかくんと可愛く首を傾げてみせた。
「お兄ちゃん、テレビ観るんですか?」
「いや、ちょっとゲームしようと思ってな」
「ゲーム! あの、一緒にしていいですか?」
思いがけず妹が食いついてきて、遼太郎は面食らう。

 数日前までの桜子は、リビングでゲームをする兄を、鬱陶しそうな居心地の悪い目で睨み、あまつさえ録画してるドラマを観るから消せだの、邪魔にすることしきりだったのに。
「いや……俺がするやつ一人用だから、一緒にはできないんだけど」
「じゃあ、隣で観てます!」
今までの桜子にはありえない台詞に、遼太郎はしどろもどろになる。
「いや……まあ、桜子がそれでいいならいいけど、人がゲームしてるの観ても別に面白くないだろうし、何なら録ってるドラマとか観てもいいんだぞ……」


 と、桜子がかくんと逆側に首を傾げた。そのまま表情もなくグググッと、前髪を額に垂らして遼太郎に顔を近づけてくる。

「は? 何を言ってるんです、お兄ちゃん? 今や動画投稿サイトなんかでも、ゲームのプレイ実況は人気のコンテンツなんですよ? 人がゲームをしてるの観て面白くないわけがないじゃないですか? あたしは純粋にゲームのプレイが観たいのであって、お兄ちゃんなんかそこにある眼鏡に過ぎないのですよ? そんなあたしを邪魔にして追い払おうったって、そうはいかな……」
「よくしゃべるな、おい?!」


 妹の迫力に気圧されて、遼太郎はソファの上で仰け反った。
「お前がいいなら、いいから!」
「いいです。お兄ちゃんは眼鏡ですから」
「お兄ちゃんは眼鏡かあ……」
あんまりな言われようだが、見れば桜子はにこにこ上機嫌になっている。お兄ちゃんは、妹のことがよくわからない……


 しかし桜子は満足げにフンスと鼻を鳴らし、
「じゃ、お兄ちゃんはあたしを気にせず遊んでくださいね」
そう言って、遼太郎の隣に腰を下ろした。それもピタと寄り添うように。二人の脚の間には手を差し込む余地もない。
「いや、近くない?!」
「え、だって隣で……」
「ゲームやりにくいし、これで“気にせず”は無理だわ!」

 遼太郎が言うと桜子も頬を赤くして、
「そ、それもそうですよね!」
ぴょこんと立ち上がって、テーブル横に移動してぺたんとお尻を落とした。何となく、その背中が不満げなのは気のせいか……遼太郎はますます桜子がわからない。


 ともあれ、ゲームの続きを始める。


 遼太郎のプレイ中なのは、バットマンを操作しアイテムを駆使し、3Dで描写されたゴッサムシティを縦横無尽に駆け巡る、そういうタイプのゲームだった。
「へー……映画みたーい……」
いろいろおかしかった桜子も、ゲームを始めると食い入るように画面を見つめていて、遼太郎はとりあえずホッする。

 そう思ってみると、見せプレイというか、ゲーマー的にはギャラリーがいるというの確かには悪くない。映画にしろゲームにしろ、自分が面白いと思うことを、一緒に分かち合う相手がいるのは楽しいものだ。
(そう言やこいつ、小学生の頃とか、俺がドラクエとかポケモンしてるのを、飽きもせずずっと隣で見ていたよな……)
妹とそういう時間を持たなくなって、うーん、どれぐらい経つんだろうな。


 とは言うものの。
 
「…………」「…………」カチ、カチ。
「…………」「…………」カチ、カチ。
「…………」「…………」カチ、カチ。

「いや、楽しいのか、これ?!」
「えっ?!」


 10分が過ぎた頃、さすがに遼太郎が声を上げ、桜子がビックリして振り返った。
「いや、お前、無言で兄がゲームをしてるのを、無言で観てて、いいの? 退屈してない?」
「いえっ、そんなことないです! すごく楽しいですっ!」
画面の中では、棒立ちのバットマンがベインにボコボコにされている。

「あっ、遼太郎さん、バットマンが……」
「バットマンどうでもいいから。本当に大丈夫か、桜子? 傍にいて欲しいからって俺に気を遣って無理してないか?」

 よく考えると、映画のバットマン(ダークナイト)も、男はだいたい好きだが女はだいたい嫌いな作品の定番と聞く。桜子(おんなのこ)に見せるのに、選択ミスったか?

 あー……だから俺、彼女とかできないのかもなー……


 しかし桜子はぶんぶんと首を振って、
「そんなことないです。ホント、面白くて夢中になってただけで……あ、でも、お兄ちゃんが反応なくてつまらないなら、あたし、声出して応援しちゃいます!」
「そういう無理もしなくていい。俺の考え過ぎだったよ。桜子がちゃんと楽しいんならそれでいいんだ。何か、逆に気を遣わせたみたいだな」
遼太郎が謝った。あと、バットマンは死んだ。


 すると桜子は、例の得意の指を組んで手首をくねらせるポーズで、
「あたし……本当は、どんなゲームでも、遼太郎さんが楽しそうにしてるのが楽しいんです。時々、お兄ちゃんのゲームに夢中な顔見て、カワイイなって……///」
「ああ……そう……」
俺……ゲームしてて時々妹にカワイイと思われてたんスか……あと、時々”遼太郎さん”呼びを混ぜるのはドキッとするからヤメろ。

 何とも言えない顔になる遼太郎に、桜子はクスッと笑って、
「それに……」
組んだ指を口に当て、目を伏せてちょっと頬を赤くして言った。
「そうやって、お兄ちゃんが心配してくれると、桜子、嬉しくなります……///」

(あー……可愛いわ、この子。兄が言うのもアレだけど、可愛いわ)

 男がゲームしてるの観てて、それで楽しいって言って、顔も言動もカワイイとくれば、オタには理想のカノジョってやつだろーな。
(こいつ、兄に対してこの分じゃ、これから何人の男をカンチガイさせるか、わかったもんじゃねーな……)
非モテの兄に、リア充の妹かあ。世の中悲しいもんだな……

(お兄ちゃんは、心配ですよ……)


 もし、良太郎の心中を桜子が知ったなら、
(その台詞、そっくりそのまま大型ハドロン衝突型粒子加速器にぶち込んで、お兄ちゃんに返すわあ!)
と叫ぶに違いない。その場合、お兄ちゃんが違う世界線に行っちゃう可能性があるけれども。


 ともあれ、こうして帰宅後の遼太郎と桜子が一緒にゲームをするのが、此花家の日課のひとつに加わったのだった。



 **********

 明けて土曜日。

 “おかーさん”は年頃の兄妹が、真昼間からリビングのソファに並んでテレビゲームに興じているのを、生温かい目で見守っていた。


 桜子は今日は、最初から遼太郎とは少し離れたソファの端に腰を下ろし、居場所を確保したことにホクホクとしていた。
(距離感……そう、大切なのは距離感なの。お兄ちゃんと妹。その適切な距離感を保ちつつ、隙を狙い、間合いを詰めて一気に狩るっ! だよねー、桜子///)
だよねー、で済む話ではない肉食系妹である。

 隣に座れた桜子は、昨日よりマシマシで遼太郎の横顔を窺っている。正直コスプレコウモリ男のアクションより、ころころ変わるお兄ちゃんの表情の方が、よっぽど見てて楽しい。


 一方、遼太郎の方も、昨日のこともあって、ちらり、ちらりと桜子の様子を確かめている。父さんは土曜出社だけど、母さんはいるわけだし、自分の傍にいなくてもいいだろーとは思うものの、情緒不安定な妹にそんな言葉をぶつけるような遼太郎ではなかった。

 プレイの合間に見ていると、確かに桜子はバットマンの一挙一動にハラハラし、笑い、顔をしかめてゲームを楽しんでいるようだった、ただ気になるのは、プレイ中にちらっと見ているだけなのに、結構な頻度で桜子と目が合うことだった。


 五回目に目が合った時、さすがに遼太郎が、
「桜子……」
と声を掛けると、
「何、妹の横顔ちらちら見てんだ、お兄ちゃん!」
被せ気味に桜子に叫ばれた。
「ええっ……?」
「そりゃあさ、確かに桜子ちゃんはカワイイですよ? でもですね、実の兄がそーゆー目で実の妹を見るのって、日本国憲法的にどーなんですかね?」
「憲法的に?!」

 遼太郎が面食らうと、桜子はにっこり笑って、“実の兄”にしな垂れ掛かった。
「でも、遼太郎さんがどうしてもって言うのなら、あたしは現行法を超える覚悟はありますよー?」
「超法規措置を?!」
「あらあ、仲がいいのねー」
母が微笑ましいものを見るように言って、兄のコントローラーを持つ手が震える。いいんすか、お母さん? お宅の娘さん、冗談でも兄のために法の網を破るとか申しておりますけれど?


 遼太郎はそのせいか集中力を欠き、ラスボスまでゲームを進めつつも三回までゲームオーバーになって、コントローラーを置いた。


< 7 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop