あの日に置いてきた初恋の話



「林檎の匂い、か。それ面白いね」

宇津見くんが、ニコリとした。

ここで林檎の匂いがしてほしかった。

でも彼から香ってくるのは相変わらずぽかぽかとしたお日様みたいな匂いだけ。


「俺、物覚えがいいように見えて、実はけっこう言われたこととか忘れるタイプだけど、萩本さんに言われたこの話はずっと覚えていたいな」


宇津見くんはきっとずっと、このまま変わらないで大人になっていく。

自分のやりたいことをしながら挫折して、傷ついて、だけどちゃんとマイペースな部分も持っているような人だと思う。


もうすぐ部活が終わる。

グラウンドに響き渡るほどのチャイムが鳴れば、校舎に生徒たちが入ってきて、私と宇津見くんの時間も終わるのだろう。


また明日から、私が勝手に想いを寄せているだけのクラスメイトの男の子になっても。

彼の瞳に私が映ることがなくても。

初めて好きになった人が宇津見零士くんでよかったって、私は思える。


「じゃあ、もう行くね」

広がりきらない右手を小さく上げた。


「萩本さん、ありがとう」

うん、うん、と色んな意味を込めて何度も頷く。


どうかいつか、宇津見くんがありのままの自分を見せられる日が来ますように。


いつか、どうか。


林檎の匂いがする運命の人に彼が出逢えますように――。



END



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