【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
「毎日、保守するって贅沢なことなんです」

 多賀見の庭を好きなだけ時間をかけて手入れ出来ていることは、特別なことだと知らなかった。

「私は手間暇かかる庭を諦め、代わりにあまり手間をかけないのに見栄えのするデザインを考えるようになりました」

 不思議とというか、必然と父や親方の考える庭と近くなった。
 ああ、父は施主さんのことを見て庭をデザインしていると悟った瞬間だった。
 棟梁も、施主さんかどれだけメンテナンスに費用と時間を割いてくれるのかも考えたうえで、手をかけないデザインと保守計画を作っていたのだ。

 ほんと、あの頃の私はダメダメだ……。

「ひかる」

「口では偉そうに言ってますが、……当たり前だけど、そんな難しい庭をそうそう考えられるわけじゃない」

 段々と手詰まりになり、アイディアを仕入れるため、休みのたびに色々な庭園に通った。

「目が肥えていくと、多賀見の庭がどれだけ素晴らしいかを実感しました」

 憩いの場であることを念頭に置きつつ、樹木が緩やかながらも成長していくことを見越して作られている。

 そんな素晴らしい庭に関われる自分。どれだけ幸運か知らなかった。

 造る事は育てるより、まだ易しいんだということも。

「……そのうち、私には一つの庭に向き合うほうが似合っているんじゃないかと思えてきました」

 私は不器用だから、父のように複数の庭の面倒を見きれない。

 あの頃を思い出すと、自分の無知さ加減や驕りっぷりに穴を掘って隠れてしまいたくなる。

 元彼にデザインを盗用されて『貴方が私の宇宙の中心』みたいに思い込まされて。

 自分をしっかり持っていれば、ぐだぐだなあの頃を思い出してはのたうち回ることもせずに済んだ。

 けれど過去から逃げちゃだめだ。
 過去は隠してもなかったことにならない。目を背けず、現在の肥やしにすればいい。

「それからは『大切な預かりもののお世話をさせていただく』という敬虔な気持ちで多賀見家の庭と向き合ってきました。でも、いつか未来には」
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