不完全な完全犯罪ZERO
みずほと瑞穂
 彼女の名前は岩城みずほ。
実は俺の名前も磐城瑞穂。
そう二人共、いわきみずほだったんだ。


漢字で表記されない保育園時代。
とにかく迷惑がられた。
小さい時から何時もこんがらがって、それでずっとお互いを意識していた訳だ。
好きとか嫌いとかではなく、目障りな存在だったんだ。
きっとみずほもそうだったはずなのだ。




 これは俺に霊感があると判った時にお祖母ちゃんから聞いた話だ。


それは俺が一旦オムツを卒業した頃に遡る。


両親が共稼ぎのため、同居していたお祖母ちゃんに預けられていた俺。
引っ込み思案で人見知り。
オマケに超意地っ張り。
その上恥ずかしがり屋で怖がりでもあった。


俺はお祖母ちゃんに連れられて、デパートのトイレに行った。
どうやら其処で見てしまったようだ、幽霊とよばれる物体を。


『お祖母ちゃん怖いよー。頭から血を流した女の人がいる』
そう言ったらしい。


でもお祖母ちゃんには見えなかったそうだ。
その時トイレの順番を待っていたのは、可愛らしい女の子だったらしい。

勿論初体験?
の筈だ。
俺は小さかった。
だからお祖母ちゃんは当然のように、女性用のトイレにある男子用小便器で用を足たせようとしたのだ。




 そんな恐怖体験が引き金だった。

俺はその後トイレに行けなくなったのだった。

トイレに行くとあの人がいる。

そう思い込んでしまったのだった。


だからオシッコをしたいと言い出せず、我慢している間にお漏らをしてしまった。


その上夜尿症に……


「赤ちゃんに戻っちゃったみたいね」

そう言いながら、母は仕方なくオムツを又用意した。


お祖母ちゃんの負担を考えて、保育園に預けることにしていた母。

せめてオムツが取れるまでと思い、そのままお祖母ちゃんに預かってもらうことにしたと言っていた。




 それでも両親は覚悟を決めた。


保育園に入れて、入学準備をさせようと。


夜尿症やお漏らしは、オムツで対象する事にした。

まさかオマルは持ち込めないだろう。
そう考えたようだった。


そこで早速、名前を覚えさせられた記憶がある。

勿論《いわきみずほ》だった。


そう俺達は同じ《いわきみずほ》だったのだ。




 保育園の送り迎えはお祖母ちゃんの役目だった。


あれはそう、確か入園式の翌日。
でも本当は良く覚えていない。

全てみずほの記憶によるものだった。
それ程みずほにとっては忘れられない出来事だったらしい。


お祖母ちゃんは俺が昔使っていた乳母車に、昼寝用の布団を積んで保育園にやって来た。

保育士に荷物を頼んで、何度も俺の様子を窺いながら帰って行ったと言う。

でもお祖母ちゃんはその時ある荷物を渡すのを忘れたらしい。


それはみずほにとって最大の汚点になったとのことだった。




 「いわきみずほちゃん居ますか?」
そう言ったのは、カッコいい男性の保育士だったそうだ。


「ハーイ!」
みずほは嬉しくなって大きな声を出した。


「はい。忘れ物だよ」
そう言いながら、保育士は笑っていた。


みずほは何だろうと思いながら荷物を開けてみた。
すると中から大量のオムツが出てきたようだ。


みずほは真っ赤になり、泣き出した。


「オムツなんてもう卒業したもん」
小さな声でそう言いながら……




 カッコいい保育士に笑われた。

そのことがみずほの心を傷付けた。
そして……
あまりにも泣き過ぎて……
お漏らしをしてしまったのだった。


久しぶりの失敗にみずほは戸惑い、余計に泣き出してしまった。

でも俺にはそんなこと解る訳がない。


その時俺は、近所の友達。
福田千穂とおもちゃの取り合いをしていたのだった。

だからそれどころではなかったのだった。


カッコいい保育士はみずほのお漏らしに気付き、すぐにみずほにオムツをあてがえた。




 「良かったね。お祖母ちゃんにありがとうだね」
保育士はそう言いながら、みずほを抱きかかえだ。


「ミーちゃんのじゃないのにー!」
みずほは余計になきだしてしまったのだった。


「いわきみずほちゃん、居ますか?」

余りにみずほが泣くので保育士はもしやと思い部屋の中で遊んでいた園児に声を掛けてみたようだ。

その時。
俺が手を挙げた……


みずほの目が俺を睨んだ。


そのことは俺の記憶にもあった。

何も悪いことしていないのに睨んだみずほ。


俺の脳には怖い女の子だとインプットされてしまったようだった。
本当のことを聞かされるまでは。




 保育園から小学・中学まで同じ学校だった。


意識はしていた。
同じ名前の怖い女の子として。


でも俺はある日、みずほの優しい一面を目の当たりにする。


それは地域の運動会の時だった。

久しぶりに小学校の校庭に集合した俺達。
本当は来たくなかった。
でも年代別リレーで走ってくれる中学生がいなくて、俺が頼まれたのだった。
女子の選手代表はみずほだった。


みずほは長女で、小学生の弟と妹がいた。


この地域対抗運動会は小学生の出られる競技が沢山あって、何時も賑わっていたのだった。
だからみずほは抵抗もなく来られたのだろう。




 それはトイレに並んだみずほを見た時の事だった。

前にいる女の子がもじもじしている。


(大丈夫かな?)
何故かそう思った。

この校庭のトイレは、男性用小便器が二つ。
個室が一つあった。
女性用は解らないけど、母の話だと個室が二つあるだけだらしい。


だから時々、男性用個室から女性が出てきてびっくりすることもあった。

何しろ絶対量が足りないのだ。
だからこのように、苦しむ人が大勢いたのだった。


俺のその感は当たった。

女の子は順番が来る前にガマン出来なくなったのだ。

その時みずほはトイレの裏へと女の子を誘った。


トイレの裏から出て来た女の子は、みずほのズボンを履いていた。


俺は見てはいないが、きっとみずほがズボンを脱いで渡しだのだと思う。


リレーではブルマで並んでいたから、きっとそうだと思った。




 体育の授業ならそれでもいいと思う。

でもみんなスポーツウエアで走るリレーなのだ。


俺はみずほを格好イイと思った。
そして俺はみずほをずっと意識していたことに気付いたのだった。


でもその時ことは起こった。


リレーのバトンタッチラインに並んでいると、みずほが先頭で駆けて来た。


みずほの太ももが揺れて、俺に迫って来た。

俺は思わずバトンを落とした。
慌てて拾おうとしたら、今度は胸が迫って来た。
みずほがバトンを渡してくれたからだった。

流石に巨乳とは言えない。
でも中学生らしい胸の膨らみに俺は酔った。

全身が硬直し、カーッと頭に血が登った。


「何遣ってんの!? 早く走って!!」

みずほが声を荒げた。

その言葉に俺はハッとして、次の瞬間無我夢中で走っていた。


気が付くと俺は次のランナーにバトンを一番に渡していた。




 そうだった。
俺は自称だけど、サッカー部のエースだった。

俺は走りに関しては誰にも負けたことがなかったのだ。




 ポカーンとしていた。
何が何だか解らなかった。

でも俺は本当は知っていた。
みずほに恋をしたことを。


全身が硬直した時。
もう駄目かと思った。
でも必死に走ってくれたみずほのために頑張りたいと思った。


だから俺は速く走ることが出来たんだ。
全てみずほがいてくれたからだった。


俺はみずほに素直な気持ちを伝えたいと思った。

だから……
俺は校庭から少し離れた木の影にみずほを誘った。


みずほはイヤがっていた。

でも俺は、他のことなど目に入らなかったのだ。




 「岩城みずほ……さん実は俺……」
そう言ったままで俺はフリーズした。
可愛いセクシーな唇が俺の目の前にあったから……

俺は興奮した。


――ドキッ!


――ドキドキッ!!


――ドキドキドキッ!!!!


(あーああ!! 一体何なんだ!?)

俺は堪らず、みずほにキスをしていた。




 ――バシッ!!
俺の耳元でビンタが炸裂した。


「何よいきなり!!」
みずほは泣いていた。


(えっ!?)

久しぶりにみずほの涙を見て俺は戸惑った。


そして俺はみずほを抱き締めた。


俺の胸を叩きみずほが抵抗をする。
俺は構わずそのまま抱き締め続けた。

何故だか解らない。
ただ抱き締めていたかった。
みずほにとって迷惑なのは百も承知で。


 みずほの腕から力が抜ける。
それを見計らって、俺はもう一度キスをした。

やっと気付いた恋心を唇にのせて。


「何なのよ一体!?」
みずほが毒づく。
でも俺はその言葉を唇で消した。


自分でも思いもよらない程の激しい感情を、みずほの唇で感じたかった。


「好きになったんだ。それで充分だ」
勿論独りよがりだった。


どんどん愛しさが噴き出してくる。
俺は戸惑いながらも、みずほを抱き締め続けていた。




 「あんたなんか、あんたなんか大っ嫌い!」

みずほは昔、俺を睨んだ時の目をしていた。


そして語られた真意。


俺はまさかお祖母ちゃんの届けてくれたオムツが、みずほを傷付けたなんて思ってもいなかった。

「私の理想はあの格好いい保育士のお兄さん。あんたなんかとは比べ物にならないわ」

又みずほが毒づく。


「そうか。その理想のお兄さんにお漏らしを見られたから機嫌が悪かったんだ」




 ――バシッ!
もう一度みずほのビンタが炸裂した。


「それでも、好きだ」
俺はもう一度みずほを抱き締めた。

みずほは俺より少しだけ背が低い。


(良かった! 身長だけはまだ俺の方が勝っている!)

俺はそれだけで満足していた。

俺はみずほの胸の膨らみを抱き締めながら感じていた。


俺は中腰になってみずほの胸の辺りに頬を近づけた。


「さっきリレーでバトンタッチの時、この胸が俺の目に飛び込んで来た。だからあんなに速く走れたんだ」

俺は興奮して、自分が何を言っているのかも解らなかった。

そしてただただみずほを抱き締めていたかった。


「バカがあんたは」

みずほはそう言いながら、家族のいる地域席に戻っていった。




 俺は積極的だった。
引っ込み思案で人見知りだった俺が、一人の女の子に夢中になった。


そしてその日の内にキスまで奪った。
俺にとっては革命的行為だった。


でも当のみずほは……
相変わらず冷たかった。


――バシッ!
その度見舞われるビンタ。


それでも怯まない。

それでも告白し続ける。


俺相変わらず意地っ張りだった。




 で、俺達が何で付き合う事になったかと言うと……

実のところ俺にも良く解らない。


俺の格好いいところを彼女が見たからだ。

――と思っていた。


サッカー部自称エースの俺は、試合でとにかく目立とうと張り切っていた。


サッカー部は部員が多く、紅白戦を良くしていた。
俺は小さい体と小回りの利く運動能力を生かしてレギュラー陣を翻弄させていた。


でもみずほは最初見向きもしかなった。

だから俺。
本当に未だに解らない。
どうしてみずほが付き合うことにしてくれたのが。




 でも高校に入って暫くして、ひょんな所から話が入ってきた。

みずほの憧れていた格好いい保育士がニューハーフに転身したらしいと。


彼は性同一性症候群だったのだ。


だから仕事に保母を選んだのだ。
でも保父としてしか扱ってもらえなかった。

彼は彼なりに悩み苦しみ抜いたのだった。


俺はその時悟った。
もしみずほが女装探偵アルバイトを知ったら、たたでは済まないと思った。

だから俺は、絶対に言わないでおこうと誓った。




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