氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
秘密の箱庭
 ガラスのショーウィンドーやディスプレイに囲まれた店内で、商品を丁寧にラッピングをしていく。
 
 万が一にも割れてはいけないので慎重に、且つお待たせしないように手際よく仕上げる。

 ラッピングした商品は店名のロゴがエンボス加工されたペーパーバックに入れ、お客様を店の出口までご案内してからお渡しする。
 
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
 
 笑顔と共に丁寧にお辞儀をすると、夫婦で来店していた60代位のお客様は満足気に頷いて
「お世話様。良いものが買えた、また来させてもらうよ」と店を後にした。

「気に入っていただけて良かった」
 
 笑顔のまま店内に戻った彼女――坂巻綾(さかまき あや)は『MANOきりこ』というガラス工芸メーカーに勤めて2年目になる。26歳だ。
 
 『MANOきりこ』では江戸切子の自社の工房を持ち、職人が丁寧に作り上げた商品を取り扱っている。デパートにも卸しているが、直営の店舗も都内に3店舗展開している。
 
 江戸切子とは、簡単に言うとガラスの表面に模様をカットしながら描く伝統工芸品だ。
 店内には、加工されたグラスやぐい呑み、ワイングラスや花瓶などがセンス良く並べられている。それぞれが照明を受け、美しい光を放っている。
 ここMANOきりこで扱う商品は一般的な瑠璃色や紅色のものだけではなく、パステル調の色や黒、透明なものまで、刻まれる模様も直線的なものから編み物のように繊細なものまで多種多様だ。
 
 綾が販売員をしているこの直営店では自社の中でも純国産で最高級の素材を使い、国宝級の職人が作成したものだけを提供することをコンセプトにしている。故にどれもかなりの値段するため、働き始めの頃は商品を扱う手が震える思いだった。
 
 しかし高級品も躊躇せずに買い求める客が多い。それは、店舗の立地が大きく関係している。
 
 ここ『MANOきりこベリーヒルズ店』は『ベリーヒルズビレッジ』という複合商業施設の中にある。
 5年近く前に開業した『ベリーヒルズビレッジ』は日本でも有数のセレブタウンとして知られ、街の中にある58階建ての高層ビルには、超一流企業しか入居出来ないオフィスエリアや、国内でも最高のサービスを誇るホテルなどが入る。
 他にも全室個室という噂の富裕層向けの病院や、一体平米いくらになるのかという贅沢な間取りの低層のレジデンスも存在する……とは言え、綾は勤め先の建物に以外に足を踏み入れた事が無いので想像もつかない世界だ。

 そして一生縁が出来る事は無いだろう。
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