氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
彼の本心
 ベリーヒルズのランドマーク的な存在になっている高層オフィスビル。
 彼の『職場』は48階にある。
 
 朝から続いていた複数の打ち合わせや、社外との会議が終わり、専用の執務室に戻って来た海斗はネクタイを緩めながら革張りの椅子に長身を沈める。

 この椅子は友人が副社長をしている事務機器メーカーが専売輸入しているイタリア製の最高級品で、座り心地は極上と言われるものだ。
 
 しかし、生憎今の海斗の心の方は極上とはいかない。
 
 ここの所、自分が采配しなければいけない業務が重なりまくっている。
 会社の状況的に仕方がないとは思うが、どうしても会議が増え時間に融通が利かなくなり、綾に会う事が難しくなってきている。
 
 今日の昼も『箱庭』に行けなかった。
 彼女はひとりで昼食を取ったのだろうか。後で連絡してみよう。
 
 はぁ、と短く溜息を付く。
 
 少し気分転換をしようと、フルオーダーのブラックスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、画像フォルダーを開く。
 
 ある画像で画面を滑られていた指が止まる。綾の横顔が写っているものだ。
 先週彼女と訪れた水族館でペンギンに夢中になる姿を海斗がこっそり撮ったものだ。
 その他にもあの日の写真が多く保存されている。
 
(可愛い以外の何物でも無かったな……)

 黙って画像を見つめていると、ドアがノックされ秘書が入ってくる。

「海斗様、コーヒーをお持ちしました……また、綾様ですか」

 城山は慣れた手つきで執務テーブルの上にコーヒーカップを置く。
 彼の声に少し、いや多分に呆れの声が混じっているのは気のせいだろうか。
 
「城山」

「はい」

「今からベリーヒルズに水族館を作る事は出来るだろうか」

「…………ご冗談、ですよね」

「規模が小さいものだったら採算性を検討する価値はある。都市型の水族館は他にもあるが、この近辺にはないだろう?」
 
 いつもより秘書の反応が遅い事も気にせず海斗は独り言のように言う。
 
 城山は海斗が高校生の時から常に彼の傍に居た人物で、共に過ごした時間は長い。
 現在40歳の物腰の柔らかい男だが、実はかなりのやり手で、物事、人、全てにおいて海斗にとって有益かどうかを抜け目なく判断し、害となるものは容赦なく排除する。
 
 海斗に対してこのように気安い態度を取れる人間も城山だけだろう。
 海斗も城山だけには本心の一端を見せる。
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