氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
「――綾さん、こんにちは」
 
 思い浮かべていた人物が空間を囲うような壁の隙間に長身をスルリと割り込ませ、こちらにやってくる。

 爽やかな笑顔を湛える男性を見て、相変わらずとんでもないイケメンだなと思う。
 
 日本人離れしたバランスの取れた長身、彫りが深めの目鼻立はモデルのように整っていて、くっきりとした二重瞼と漆黒の瞳からの意志の強そうな眼差しは妙に迫力があり、一見冷たく見えるのだが笑うと途端に柔らかくなる奇跡のような造作をしている。
 瞳同様黒い髪は自然にセットされていて清潔感がある。
 
「こんにちは間宮さん」

 綾も笑顔で挨拶を返し、身体を横にずらし、彼の座る場所を開ける。
 
 慣れた様子で綾の隣に座った彼は仕立ての良さそうな濃グレーのスーツの合わせボタンを外し、ネクタイを少しだけ緩める。
 そんな少し隙のある仕草も返って大人の男の色気を感じさせる。
 年齢を聞いたことは無いが、恐らく30代前半くらいだろう。
 
 「イケメン」という言葉すら使ってはいけないような気品を湛えた貴公子のような彼――間宮海斗(まみや かいと)と綾はもちろん恋人などという特別な関係ではないし、ここで秘密のデートをしている訳でもない。
 
 ここで彼と出会ったのは半年くらい前だろうか。
  
 いつものように一人昼食を頬張っていた時、急に長身の男性が現れたので、だれも来ないだろうと完全に油断してた綾は驚いて、膝に乗せていた弁当を思いっきりひっくり返してしまった。
 
 慌てる綾と一緒に片づけるのを手伝ってくれた彼があまりの男前で、2度ビックリしたのはナイショの話だ。
 
 彼も休憩しようとして偶然この場所を見つけたといい、驚かせてしまった事を謝ってくれたが、勝手に綾が驚いたのだし、むしろ申し訳なかったと恐縮した。
 
 その後、彼は度々ここに顔を出すようになり、会えば並んで座り広がる風景を見ながら他愛の無い話をする。
 この場所、この時間限定の友達みたいなものだろうか。
 見目麗しく、年上であろう彼を友達と言っていいのかは分からないが。
 
 最初は規格外のイケメンとふたりきりの状況に緊張したのだが、彼は話しやすいし、考えてみたら相手は自分の事なんて意識するに足らない存在だろうと開きなった。お互い貴重な昼休み。気楽に過ごそうと思っている。

 開放感があるが、人目に付かないと言う特殊な空間のせいか不思議とお互い打ち解けるのは早かった。ただ、お互いのプライベートに突っ込んだ話はしていない。
 綾が彼の事で知っているのはヒルズのオフィスビル内の企業で貿易関係の仕事をしている事位だろうか。
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