氷の貴公子は愛しい彼女を甘く囲い込む
「――そういえば、あの『箱庭』の事、るりさんに話しちゃいました」
 
 海斗に見守られながらサンドイッチを食べ終えた後(彼は綾が食事するのを見るのが好きらしい)皿をキッチンに置くと、再びソファーに戻る。
 
 プロポーズの夜からふたりはあの場所には行っていない。
 不思議と足が向かなくなったのだ。
 
 そして、今まで誰にも話す気にならなかったのに、この前るりに無意識にあの場所の話をしてしまった。
 
 そもそも、あそこはショッピングモール建設設計段階で、海斗が気まぐれに『知る人ぞ知る』みたいな隠れた場所があったら面白いのではと提案したら本当に出来てしまった場所らしい。
 結果、人に知られない本当に隠れた場所になってしまった。
 
 誰でも入れる公共の場所なのに、あれだけ通っていながら海斗以外会う事が無かった。
 なぜ、綾は見つけたのに他に見つける人がいなかったのか。
 
「もしかして、あの場所は縁結びの場所なのかなって思ったんです。運命の相手に出会う為、必要な人だけが導かれる場所……みたいな」

 話しながらさすがに乙女思考過ぎるかと、照れ臭くなって来てしまった。

 所在なく、隣にあったペンギンのぬいぐるみを膝に置き抱きしめる。
 
「――実は、僕も城山に勧めたんだ、行ってみたらって」

 少しの間があった後海斗が口を開いた。
『胃痛は無くなったけど、40歳で独身の身には海斗様の惚気話が胸焼けして辛い』と嘆く城山にリフレッシュしたらどうかとあの場所を教えたらしい。
 
 ちなみに屋根を付けた時に手配したのが城山という事は海斗の関与も含め綾には未だに隠されている。

「……じゃあ、もしかしたら」

「もしかしたら、だけどね」
 
 ふたりで顔を合わせて笑う。あの場所でまた新しい奇跡が起こったら素敵だと思う。
 
「それにしても、僕の奥さんは可愛いことを言うな。だとしたら、確かに僕らにはあの場所もう必要ない……僕らは出会って、こうやってずっと共に生きていくんだから」

「……まだ、奥さんでは無いですけどね」

「やっぱり、結婚式を早めるか。いや、入籍だけならすぐできるな」

 結婚式は来年の予定になっている。海斗の立場を考えたら盛大なものに成らざるを得ないだろうと覚悟していたのだが、彼は無理に豪華なものにする必要は無いとと言われている。
 それよりも早くウェディングドレス姿の綾が見たい、と。

 初めて出会った頃と変わらず海斗は隣で綾の話を聞き丁寧に真っすぐ返してくれる。

 ――でも、綾を囲い込み、自分の傍に置こうとするときだけは、強引にでも自分のペースに持っていこうとすることに最近気づいた。

 でもそれも、彼の愛情だと思って適度に流されようと思う。
 入籍は近いうちにする事になるだろうな、と考えながらペンギンを抱きしめていると横から手が伸びてくる。

「いつも君はコイツばかり構っているな」
 
 海斗は綾が抱きしめていたぬいぐるみをやんわり奪うとぽいと横にやる。
 
「僕がいる時は僕に抱きつけばいいのに」
 
 冗談だと思うが、声色が本気のようで綾は思わず吹き出してしまう。
 
 視線が合い、ふたりは笑顔のまま自然と引き寄せられ、触れるだけのキスを交わす。
  
 温かな日差しの中で目を閉じるとキラキラと瞬く幸せ色の光が見える気がする。

 いつか海斗とあの場所から見上げたように陽を受けたビルの光のように見えたし、繊細なガラス細工が反射しているようにも見えた。


 
 生れ落ちた時間が交差し、星の数ほどいる人間の中、お互いのたったひとりとして巡り会い、惹かれ、結ばれる。

 ドラマチックでも、ありふれていても、出会い自体が奇跡。


 
 僕は綾を――この奇跡を一生手放さないから。
 
 彼が耳元で甘く囁いた。




 
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