惚れたら最後。
「まさか荒瀬の若頭に直接会えるなんて思ってなかったから楽しかったわ。
そんじゃあ琥珀ちゃん、お大事にな。
いろいろ巻き込んで申し訳ないから菓子折でも送るから。
あと、壱華によろしく〜」



結局部屋を出てエレベーターの手前まで着いてきた望月。

百面相で口達者な覇王に疲れて一刻も早く離れたかった。

足元がなんだかフラフラするし、切れた唇は痛いし頭痛もする。

絆と憂雅に挟まれ、エレベーターで地下1階の駐車場に降りるとドアの前に赤星が立っていた。



「会長の代わりにお見送りさせていただきます」



彼は絆の前で深く頭を下げた。

ひと呼吸おいて頭を上げた彼に、血塗れたハンカチを差し出した。



「あの、これ……汚してしまってすみません」

「どうぞ、あなたに差し上げます。
結果的に西雲があなたに怪我を負わせてしまったことに比べれば謝る必要はありません」

「そうですか……」



淡々と言葉を繋ぐ赤星は、どこか不安げな私の顔を見て笑った。

仏頂面からは想像できない優しい笑顔だった。



「さようなら、美しい瞳をした不思議な人」



憂いを帯びた瞳が私を捉えた。

その瞬間、これで全て終わったんだと緊張の糸が切れた。

足元がぐらつく。

「行こう」と手を引く絆の声がどこか遠くで聴こえる。

自分の心音がより大きく感じて、なぜか視界が狭まった。

距離にして数歩。私は車に乗り込むと同時に眠るように気を失った。
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