惚れたら最後。
「そうだった……」



思い出した。あの男は昔からああいう性格だった。

一気に肩の力が抜ける。けど、わたしが脱力するのはしょうがないと思う。


何を隠そう、あの男はここら一体から関東地方を統治する『荒瀬組』の若頭なんだから。

彼から発せられるものは並大抵のものじゃない。

言動、風格、全てがプレッシャーとなって対峙する人間にのしかかる。






彼の名は荒瀬絆(あらせきずな)





若頭襲名以来、名を轟かせる風雲児だ。

父は東の狼、または帝王と称される荒瀬志勇。母は“西の姫君”である壱華。

その子どもは『狼の子』と呼ばれ、それぞれ名を()せている。

特に『白狼』と呼ばれる長男の絆は別格だ。

跡を継ぐという意志が強いせいか、あの瞳は近寄り難いほど美しく恐ろしい。

──私は以前、あの瞳を見たことがある。

その時に同じような手口で詰め寄られ、危うく本性を悟られそうになった経験があった。

だからこそ、あの力強い目で尋問を続けられていたかと思うと足が震える。



「ハァ……男装すればよかった」



なぜキャバ嬢という設定にしたんだろう。

私は後悔した。

男を装っていれば、あの男に選ばれる可能性は0だったのに。

いや、こんな所で反省しても仕方ないか。

私はゆっくり立ち上がって闇夜に姿を消した。
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