惚れたら最後。
「ほら、来たぞ」



病室に戻ると、絆が星奈と目を見合わせてささやいた。

すると星奈は憂雅にひしっと抱きついて震え出した。



「帰りたくないよぉ、憂雅と一緒がいい……ううっ」



何事かと思ったけど、すぐに察した。



「泣き真似してもダメ、分かってるからね」

「……だってさ星奈」

「あちゃー」



演技がバレたと分かった星奈はぺろりと舌を出して憂雅と顔を見合わせる。

その様子にバツが悪そうに顔を逸らしたのは絆だった。



「星奈に入れ知恵したのあなた?」

「……お前と離れなくない」

「子どもじゃないんだから。素直にそう言えばいいのに」



驚いた、目の前でしょげている彼に狼の面影はなく、まるで子犬みたいだったから。



「琥珀、これからどうするんだ?」

「とりあえず家に帰ってゆっくりしたい。
たまってる仕事も片付けなきゃいけないし」

「そうか……」



ハリのない声に下がった眉。しゅんと垂れた耳さえ見える気がする。

思わず笑ってしまった。



「じゃあ、連絡先交換しよう。もう逃げないから」




そう言うとぱあっ、と表情が明るくなったがそれは一瞬で、たちまち眉間にシワを寄せ不服そうだ。



「どうしたの?」

「また逃げられるかもしれないと思うと気が引ける」

「逆にどうやったら私が逃げないって証明できる?」



しばらく考えた絆は腕に着けていた高級時計を外し、私に差し出した。



「……これ、持っとけ。GPS付いてるから」

「なるほど……」

「売ったり捨てたりしたらすぐバレるからな」

「しないよ、そんなこと。じゃあちょっとお借りするね」



絆の手からそれを受け取ると腕にはめた。



「今夜会えるか?」

「流星の体調がまだ心配だし、明日の夜ならいいよ」

「分かった、また連絡する」



次に会う約束をした後退院の準備をし、絆と憂雅に見送られて病院を出た。
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