Gypsophila(カスミ草)~フラれ女子番外編

『ゲオルグ』

唐突に、王太子殿下の名前が呼ばれた。
透き通るような、歌うような。信じられないくらいに心に響く声。

(……誰?)

咄嗟に身を伏せて気配を殺したぼくたち。けれど、澄みきった水のような美しい声を前に、どくどくと心臓が激しく動いて、嫌な汗が吹き出してきた。

“警戒しろ”、と。本能的なものが警告をしてくる。緊張が高まり、呼吸が荒くなる。

考えなくても判る。王太子殿下を呼び捨てできる者など、この世に一人しかいないのだから。

音もなく、そのひとは現れた。
まるで、滑るように。

ふわり、と吹いた風が薫る。その香りに目眩がしそうな陶酔感を覚えたけど。しっかりしろ!と自分を叱咤し、頬をつねり痛みで意識をしっかりさせた。

王太子殿下の前に現れたのは、真っ白なドレスに身を包んだ小柄な女性。金糸のようなさらさらのプラチナブロンドを緩くまとめ、透き通るような白い肌。大きく澄んだ緑の瞳。艶やかな果実のような唇。

まるで、儚い妖精が目の前に現れたような。信じられないほど美しい女性。

それこそが、ミルコ女王陛下とゲオルグ王太子殿下の生母であり、この国の実質的な最高権力者の王太后陛下だった。

(……大の写真嫌いで人前に滅多に姿を見せない方だから初めて見たけど……このかたが、ミルコ女王陛下を虐待?)

信じられない、としか言えない。
こんなふうに、王太子殿下へ慈しむような、優しい笑顔をする方が。実の娘にあんな……。

けれど、それはすぐに納得せざるを得ない状況になった。

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