雨は君に降り注ぐ

 一ノ瀬先輩と別れて、私は再び、体育館へ向かって歩き出す。

 歩きながら、一ノ瀬先輩の言葉を思い出す。

『君は、よく頑張ったと、僕は思うよ。実際、1人の人を助けたんだからさ。』
『でも僕は、君の行動が間違っていたなんて、絶対に思わない。』

 どれも、死ぬほど嬉しい言葉だ。
 それでも、素直に喜ぶことができないのは、やはり、先輩に彼女がいる、そう考えてしまうからだろうか。

 先輩は今日も、私の名前を呼んではくれなかった。

 忘れているのだろうか。
 それとも、嫌われているのだろうか。

「…あれ?」

 何か、引っかかる。

 一ノ瀬先輩は、何度も教えた私の名前は覚えてくれないのに、なぜ、

「理子の名字を覚えてたんだろう…?」



 体育館に入ると、まっ先に、工藤くんが声をかけてきた。

「新川先輩が、退学するんだって!」

 爽やかな声で、驚いた顔で、そう言ってくる。

「…何かあったのかな?」

 本気で、新川先輩のことを心配しているようだ。
 工藤くんは相変わらず、どこまでも純粋だ。

「何か、トラブルがあったみたいだよ。」

 私がそう答えると、彼は、眉間にさらにシワを寄せる。

「何があったんだろ?原因とか、結希ちゃん、分かったりする?」

 何と答えればいいのだろう。
 原因など、正直、私にもよく分からない。

 分からないのに、自分の知っていることだけ伝えるのは、なんだか忍びない。

 高井先輩が、いじめられていた理由。

 高井先輩が前に言っていたことが本当ならば、原因は、恋愛感情のもつれ、ということになる。

 つまり、工藤くんが原因。

 …余計、伝えづらいじゃないか。

「私もよく分からない…。」

 結局、噓でも本当でもない答えを出してしまった。
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