雨は君に降り注ぐ


 一ノ瀬先輩は、大慌てでバルコニーから姿を消すと、しばらくして、エントランスから、傘をさして、走って出てきた。

 そして、私に近づいて、傘をさし出す。
 私がそれを受け取ると、一ノ瀬先輩は、にっこりと優しく笑った。

 私が傘を受け取ったことで、今度は、一ノ瀬先輩のパーカーが濡れ始める。
 でも、先輩は、そんなことはお構いなしのようだ。

「あの、先輩、私…。」
「こんな所にずっといたら、風邪ひくよ。とりあえず、中に入ろう。」

 …ああ。いつもの先輩だ。

 低くて優しい声。
 あの夜の、意地悪そうな笑みなんて、今はどこにも無い。

 先輩は、私の肩を抱きかかえるようにして、マンションのエントランスへとうながす。

 …ん?
 中に入ろう?

 それって。
 それってまさか。

 まさか、先輩のお部屋に、お邪魔させていただくってこと?!

「あ、あの、先輩っ。」
「何?」

 私、心の準備ができてませんっ。
 その言葉は、先輩の優しい笑顔に、見事に飲み込まれた。

「なんでもありません……。」

 雨で冷えたはずの体が、熱を持ち始めた。
 顔も、きっと真っ赤だ。

 あがってるんだ、私。
 だって、男の人の部屋に入るなんて、初めてだし。
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