身代わり依頼は死人 桜門へ ~死人の終わらない恋~




 その言葉と共に涙も流れてくる。
 ぬくもりを持った涙。人間と会話でき、物に触れられる。ごく当たり前の生活。
 それら全てがこの世の生きている証拠。
 文月は生かされたのだ。
 桜門によって。身代わりの任の取引が行われなかった事を意味するのだ。

 そして、桜門が文月にキスをした時に、文月の頭に流れ込んできた彼の長い長い記憶。
 桜門、いや海里は、初芽を、そして生まれ変わった人々、そして文月を見守っていてくれたのだ。彼の視線で見ている昔の文月、そしてその時の桜門の気持ちも流れ込んできたのだ。
 愛しい人が幸せに生きている事で自分がやってきた事を誇る気持ちも、悔しい気持ち、寂しい、孤独感。
 全てで文月は彼の事を知れた。

 けれど、それが遅すぎたのだ。
 彼は、また自分の願いを押し殺して、文月に生きろと決めてしまったのだ。


 「取引したのに、また勝手に私を助けてくれる。早く、この世界であなたと一緒になりたいのに、どうして」


 海里と初めて会った初芽と、文月はきっと同じ気持ちで生きていく事になるのだろう。
 愛しい人を愛しいまま失い、彼を恋焦がれて生きていく。



 「ありがとう、なんて・・・言わないから」


 涙とハンバーのソースでぐじゃぐじゃになった顔をのまま、どこかに居るであろう彼へと言葉を向ける。


 その時、作られた風ではない。温かい春の風がどこから流れてきた。
 そんな気がしたのだった。



 
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