翠玉の監察医 消されるSOS
三 一人ぼっちの男の子
それから数週間。蘭はいつものように解剖をする日々に追われていた。日本では監察医という存在は少ない。しかし、解剖が必要なご遺体は山ほどあるのだ。

「少し遅くなってしまいました」

すっかり暗くなった夜道を歩きながら蘭は呟く。腕時計を見ればもう夜の八時過ぎだ。普通の女性ならば不審者が出るのではと怯えるだろう。しかし、蘭は無表情のまま歩いていく。

解剖の報告書を書いていたら思いのほか遅くなってしまった。世界法医学研究所に最後まで残っていたのは蘭だ。きちんと戸締りをして車へと向かう。

駐車場へと向かっている途中、蘭はふと視線を感じた。視線の先には大きな木がある。

「誰かいらっしゃるのですか?」

蘭が訊ねるが、その姿を現すことはない。しかし木の陰からは人の気配を感じる。蘭が近づくと木の陰から何者かが走っていった。蘭も走って後を追う。

何者かは暗闇に包まれているが、小さな子どもであることはわかった。狭い木の間などを通っていくためだ。
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