魔女と王子は、二度目の人生で恋に落ちる。初恋の人を生き返らせて今度こそ幸せにします!
魔女は王子様を幸せにしたい

「改めまして……ユズリハです。こっちはハクシン」

「よろしくね」

 一階にあるリビングで、私たちはテーブルに向かい合って座っていた。私の隣にはハク、向かいにはウィル様がいる。私は紺色と白が上下で切り返しになっているワンピースに着替えていた。

「ウィルグラン・レイガードだ。いや、もうただのウィルグランか。こちらこそ、よろしく頼む」

 彼は聖樹の森から戻ったときの白い服ではなく、綿の白いシャツに臙脂色のベスト、グレーのズボン、そして革のショートブーツ姿になっていた。
 ハクが用意してくれたみたい。

「本当にウィル様なんですね」

「あぁ……ユズリハも大きくなったな」

 ついまじまじとそのお顔を観察してしまう。

 年齢は20歳くらいで、誕生したばかりだからちょっと細いけれど、健康そうな顔色だ。
 髪色は紺色で、前髪は左から右にかけて流れている。後ろ髪はうなじあたりまでの短さで清潔感ある雰囲気がいい。

「さっき鏡を見た。以前の顔つきに似ているが、同一人物だとは思われないだろうな」

 そうなんだ。
 ウィル様はじろじろ見つめる私を怒りもせず、少し目元を和らげた。

「瞳はきれいな菫色なんですね」

「あぁ、ユズリハのイメージが反映されているとハクから聞いた。これは以前の私と同じだな」

「はい、その目の色は私が覚えていたウィル様の色ですね。髪色は、種がもともと持っていた色彩があるので紺色なんだと思います」

 見れば見るほど、美男子だ。
 輝くばかりの美貌とはこういう人のことを言うのでは、とずっと見入ってしまう。

 無遠慮に見つめていると、ウィル様が優しく目を細めた。

 しまった。私がウィル様と目が合っているということは、彼も私を観察していたということだ。急に恥ずかしくなって俯くと、隣に座っていたハクが笑った。

「ほら、ちゃんとこれまでのことを話さなきゃ」

「あ、そうだね」

 現時点で、冥界から戻ってきて丸一日が経過していた。

 私とウィル様が起きたのは2時間差だったらしいけれど、思っていたより長く眠っていて驚いた。母が生きていたときの訓練以外で、実生活でこれほど魔力を消耗したことはない。

「まずは礼を。ユズリハ、生き返らせてくれて本当に助かった。ありがとう」

 改めてそう言われると、私はドキドキして声が裏返る。

「そんなっ、ただ会いたくて迎えに行っただけなので……!」

 冥王様から勝手に貰い受けてしまった。あの場で拒否されなくて本当によかった。

「それでも、だ。あのまま永遠のときを過ごすのかと絶望していた」

 ウィル様は苦笑する。
 テーブルに置かれた3つのカップから、ゆらゆらと湯気が上がっていた。

「身体はどうですか?体力はこれからつけないといけないと思いますが、組織がちゃんと繋がっているか」

 ちゃんとできただろうか。心配になって再びウィル様をじっと観察する。

「問題なさそうだ。明日からハクが鍛錬をさせてくれると」

「いや、ウィル様。5日後だって言ったよね?明日はさすがに静養日だよ」

 どうやらウィル様は身体を動かしたくて仕方ないみたい。2年間も肉体を持たなかったから、うれしくてたまらないというのが伝わってきた。

「ユズリハ、ちょっと持ってみていいか?」

「はぃ?」

 持つって、何を?
 突然そんなことを言い出したウィル様は、立ち上がって私の横に来た。

「うわぁっ!」

「うっ……さすがに重いな」

 私の脇の下に両手を入れ、ぐいっと持ち上げたウィル様はつらそうに顔を顰めた。
 年頃の女の子を勝手に抱き上げといて、重いって失礼すぎない!?

「ちょっと、その行動は紳士としていただけないよ?」

「すまない」

 ハクが止めてくれて、私は無事に椅子の上に戻された。
 胸がドキドキしていて、顔も真っ赤になっている。

「急に困ります!」

「やはりまだ身体に違和感があるな。これは鍛えないといけない」

 ウィル様、聞いてない。
 ハクは呆れて笑っていた。

「とにかく座って?これまでのこと、これからのことを話し合わなきゃ」

「あぁ、そうだな」

 再び席に着いた彼は、筋力のなさを嘆いてはいたけれど上機嫌に見える。

「ウィル様と10年前に別れた後、私は祖母と二人でこの国でずっと修業をしていました。銀杖(ぎんじょう)……ってこの杖なんですけれど、聖樹の森に住む銀杖(ぎんじょう)の魔女という称号を継ぎました」

 とんでもない修業の中身は隠すとして、私は薬や魔法陣、魔法道具を作る能力があり、獣人たちも共存するこの国で生活していると話す。
 ウィル様の国は国民の9割が人族だから心配していたけれど、ハクに対して偏見はないようだった。

 話しているうちにいかに彼に会いたかったかを思い出し、感情が制御できずに泣きだしそうになる。

「私、ウィル様にずっと会いたかったんです」

 目に涙が滲む。両手を握りしめてそう訴えると、彼はとても驚いていた。

「なぜそこまで……?」

「え?だって約束したじゃないですか。絶対にまた来るって……それが私の支えだったんです」

 馬車で去っていくウィル様の声は、何度も思い出して反芻した。忘れられない思い出だった。
 しかし彼はとても申し訳なさそうに言った。

「すまない。ユズリハ。それは間違いだ」

 ん?なんか今、間違いって聞こえた?

「どういうことですか?」

「あのとき私は、ユズリハに言ったんじゃなくてベルガモット様に……母を助けてもらえなかったという感情が抑えきれず、こどもの傲慢さというか、恨み言のような感じで『また来るからな』と言ったんだと思う」

 あまりの勘違いに私は放心してしまった。
 私に会いに来てくれるってことじゃなかったの!?勘違いして冥界にまで行ってしまったということか。

「ええええ」

 結果的にウィル様を生き返らせることができたんだから、とは思うけれど、ウィル様はずっと私のことを忘れていたんだという事実が胸に突き刺さる。

「嘘……」

「本当に申し訳ない」

 ウィル様は誠実だった。適当にごまかせることなのに、素直に認めて謝ってくれるのがまたつらい。

「……」

 ハクは空気に徹していた。

「私のこと、完全に忘れていたんですね?」

 なぜ自分からトドメを刺されにいくのか自分でもわからないけれど、自然に口からそんな言葉が漏れた。

「すまない。忘れていた」

「っ!」

 ウィル様に会える、きっといつか王子様が迎えに来てくれる。そう思って、それだけを思って生きてきたのに。美しい思い出がガラガラと崩れ去る音がした。

 がっくりとうなだれる私。
 ログハウスには沈黙が流れるが、いつまでも落ち込んではいられなかった。

 じわりと滲む涙を堪え、私は深呼吸をする。

「いいんです。こうなることも予想していましたから。これからがんばります!
 ウィル様に好きになってもらえるようにっ……!」

「あぁ、ユズリハ。私が悪かった。恩は必ず返すから」

「そういうことを言ってるんじゃないんですー!」

 恩なんて感じてくれなくていい。
 ウィル様がここで生きていてくれるならそれでいい。

「ここに、いてくれますよね?」

 半泣きでそう言うと、ウィル様は頷いた。

「これから世話になる」

「はい……」

 動揺している私にこれ以上の建設的な話は無理だと思ったのか、ハクが今後についての話を切り出す。

「きびしいことを言うけれど、一度死んだ人間がすべてをリセットして生きていくのはとてもむずかしいよ。ウィル様はもう、アストロン王国の王太子じゃない」

 ハクの言葉に、ウィル様は真剣な顔で頷いた。

「あぁ、これからは自分で身を立てていかなくては」

「王子様だったときに剣を扱えたんなら、鍛えればその身体もすぐに戦えるようになるはずだよ。ユズが作ったから体内魔力も多いし、そこはこれから風魔法を中心に覚えていこう」

「わかった」

「ユズや僕と一緒に薬や魔法道具を作って商売しながら生きていくか、冒険者登録をして狩りで生計を立てるか……ほかにやりたいことが見つかればそっちでがんばってもいいし。選択肢はいっぱいあると思うんだ」

 ウィル様はしばらく黙って考えていた。
 私としてはあまり危険なことはしないで欲しいけれど、ウィル様はどうやら活動的な人のようだし、ここで薬を作る生活は合わないだろうなと何となく思った。

 温かいミルクを飲んで、私たちは彼の返答を待つ。

「冒険者になるよ。私が素材を狩ってくれば、ユズリハの役にも立てるか?」

「私!?それはもちろん、そうですが」

 びっくりした。ウィル様の『これから』の中に、私のことを入れてもらえるなんて……

「本当に一緒にいてくれるんですね」

 呆気に取られてそう言うと、ウィル様は少し眉根を寄せた。

「嘘は言わない。恩も返さず、自分だけのうのうと生きようとは考えていない」

「疑ってなんていません。ただ、本当にここにいてくれるんだと思うとうれしくて。ウィル様がいるんだなぁって……」

 言葉には表しにくい感動があるのだ。
 ウィル様は首を傾げているが、私にとってはけっこう大事なことだった。
 沈黙していると、ハクがクツクツと笑って言った。

「冒険者になるんだったら、その口調もちょっと改めた方がいいかもね。お上品すぎるから」

 確かにウィル様からは高貴な雰囲気が漂っている。肉体は別なのに、魂から放たれるオーラみたいなものがあった。

「そうか。わた……俺のことはウィルと呼んでくれ。世話になる身だ、家のことも何でもする」

「では、僕のことはハクと。よろしくね、ウィル」

「あぁ、よろしく」

「ウィル……様」

 慣れない呼び方に私は戸惑ってしまった。でも様付けで呼ぶのは、ギルドに行ったり素材狩りに一緒に行ったりするときに周囲に注目されて困るかもしれない。

 最初はFランクからのスタートだしなぁ。上位ランカーなら様付けで呼んでも浮かなさそうだけれど。

「ユズリハ、ウィルと呼んでくれないか?」

 ひゃあっ、キラキラの笑顔がまぶしい。
 私は目を伏せながら、小さな声でウィルと呼んだ。満足げに微笑む顔がまたまぶしくて、私は机の上に突っ伏してしまう。

「やっぱり、しばらくはウィル様と呼ばせていただきます」

 慣れるまではこれまで通りで許してもらおう。

「とりあえず明日はユズもウィルも休養日だよ。特にウィルは無理しないこと。生まれたてなんだから」

「「生まれたて!?」」

 ハクの言い方に、私たちは目を見合わせた。
 なるほど、確かに生まれたてだ。無茶はいけない。

 ウィル様は不服そうにしながらも、明後日から少しずつ体力をつけていくことで納得した。



 ところが、さらなる問題が夕食後に発覚する。

 あまりにじっとウィル様がこちらを見ているから、何かあったのだろうかと聞くと真顔で「きれいになったなと思って」と返ってきたのだ。

 それは艶めいたものではなく、単純に感想を述べているようで……

「ねぇ、ハク。ウィル様ってそういえば博愛主義みたいな平等な人だったよね」

「うん、思い出した。まっすぐないい子だったけれど、もしかしてそのまま大人になっちゃったんじゃ」

 悪気も下心も口説くつもりなんてさらさらない。
 ウィル様はただ思ったことを口にしているのだ。

 これはマズイ。この容姿でさらっと人を褒めたりしたら、あっという間に女性たちが群がってきてしまう。

「だめだよ、ウィル」

 ハクに叱られても、本人は何がいけないのかまったくわかっておらず、きょとんとしていた。

「ウィル様、女性に面と向かってきれいだと褒めてはいけません」

 はい、あなたが狩られますよ。
 私は本気で心配になる。

「なぜ?ユズリハはきれいだが?」

「っ!」

 ダメだ。私にウィル様の言葉を受け止める防御力はない。ありとあらゆる魔法を習ったが、好きな人からのきらきら光線を受け止める技なんてどの魔導書にも載っていなかった。

「ウィル様……!私、免疫がないんです」

 膝から崩れ落ちて床に両手をついた私を見て、ハクが「あ~あ」と呟く。

「とにかく、不用意にそんなことを言ったらみんながウィルを好きになって、混乱が起きるからだめ」

 ハクの忠告に、私もうんうんと頷いて同意する。

「よくわからないが、気を付けることにする」

 ウィル様は了承してくれたけれど、私とハクは今後の不安を感じずにはいられなかった。
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