いつか夏、峰雲の君

 かつての僕は、何も知らない小さな子供だった。


 いや違う。正確に言えば、その村に暮らす十五にも満たない少年少女全員が、僕と同じように何色にも染め上げられる純粋な心を持っていたのだ。


 そこに暮らす全ての大人は家族の様なもので、そこに生まれた全ての命が宝だった。


 魂というものは、生まれ落ちたその瞬間から何かに染め上げられていく。


 最初の内は、親の愛に暖かく染まり優しさを知るだろう。


 やがて自分が自分と理解し始めた頃、人は様々な他人と出会いそこに何かを描いてもらうのだ。


 いいことばかりではなく、時には偶然や悪意によって、魂がひどく汚れてしまうこともあるのかもしれない。


 塗って塗られて、描いて描かれて、そうやって人は自分を創っていくのだ。


 ……この村は優しかった。大人たちはまるで卒業式の黒板に文字を描くように、思いやりを持って僕たちの魂に色を塗る。


 それはとても居心地がよく、少しだけ退屈だった。大人は、いつも同じような色を塗りつけるからだ。


 具体的な色は思い浮かばないけど、丁度いい例えが目の前にあるから青にしよう。

 
 何層にも塗り重ねられた青は深みを増し、いつしか空の様になっていた。


 何色とも例えがたい、無限に揺らめく永遠の青。人それぞれ持っていた青は違ったが、どれも見事に美しい晴天だった。

< 2 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop