だから私は、今日も猫を被る。

01.いい子を演じましょう。





「規律、礼」


四時間目の授業が終わる合図を日直が言ったあと、先生が教室から出ると、一斉にバラけてゆくクラスメイトたち。
購買へ駆けてゆく人や、その場で食べ始める人たち、みんなそれぞれのお昼休みを過ごし始める。

私は、当たり前のようになんの違和感も感じることなく、テーブルを移動させると、そこに二つのテーブルがガタッとぶつかった。

そしてそこに座ると、お弁当を広げて他愛もない会話が今日も繰り広げられる。


「英語ほんっと意味分からないから眠くなっちゃってほとんど寝てたんだけどー」
「だよねえ。日本人なのに英語を習うとかほんと意味分かんないもん!」


入学したときから一緒にいる友人たちが、お弁当を食べながら、ほんの数分前まであった授業について喋りだす。
私は二人の他愛もない会話をうんうん、と聞いて笑顔を浮かべる。


「でもさぁ満井先生の声、イケボだよね〜!」
「分かる〜! イケボすぎて逆に授業に集中しすぎて寝ちゃうんだよね」


私が何かを率先して話題を提供することはほとんどない。その代わり、その場の空気を乱さないように努めることが、私自身に課せられた暗黙のルール。
とはいっても、自分で作っているルールというだけで、そこには何の権限もなく、ふつうに喋っても何も問題はないのだけれど。


「七海もそう思わない?」


二人の会話を聞きながら、パクリと卵焼きを摘んで食べる。
私は一瞬、お弁当のおかずにだけ意識が向いて、耳にはフィルターがかかったかのように、二人の会話はするりとすり抜ける。


「──七海!」


ポンッと肩に手が添えられたと同時に、耳にかかっていたフィルターが弾けたように消える。
ハッとした私は、目をぱちくりさせて、一瞬何が起こったのか分からなくて数秒意識が停止したあと。


「な、なに?」

ようやく頭の中が働いて返事を返す。

何か大切なことを聞き逃してしまったのかと、身体の中はどきどきと疾走する。


「だからー、満井先生の声イケボじゃない? って聞いたんだけど」


まずい。全然、話を聞いてなかった。でも、とにかくここは話を合わせなきゃ……


「…あ、ああ、うん。素敵な声してるよね」


そういえば満井先生の声がイケボだというのは、二人以外にも言っていた人がいた。授業は聞いてないのに声を褒めるって一体全体どういうことだろう。

なんて、二人に言ったところで無駄だし。
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