毱花、慎一、洸介、亜依
翌日
翌日


慎一(しんいち)は彼女の電話を盗み聞きした翌日、Rホテルに行った。
冗談か、または何かの間違いであってほしい、と祈るような気持ちで、慎一はロビーにいくらでもある植木鉢の影に身を隠していた。が、はたして、彼女の毱花(まりか)は1人で本当にホテルにやってきた。

綺麗にワンピースを着ている。

よそ行きの。

慎一はそのワンピースを見た事があった。
少しリッチな食事に2人で行った時に来ていたものだった。

毱花は、ホテルのロビー中央、メインの大きな花が生けてある所で誰かを待っている⋯⋯ 。

疑念が形になる⋯⋯ その瞬間か⋯⋯ 。

慎一がふと横を見ると、同じように身を隠してロビー中央を凝視している若い女性がいる。

もしかして、似たような立場なのか?

恋人の浮気、その現場に居合わせている、まさかな、と思いながら毱花に視線を戻す。
駐車場の方の入口から若い男が歩いてきた。

スッとした爽やかなスーツの男。

違ってくれと思う祈りは虚しく、散り散りに砕け散る。

その男は毱花の側によって、親しそうな素振りで声をかけた。それから2人は連れ立ってエレベーターの方に歩いて行く。
2人は熱心に話しながら、《宿泊階》専用エレベーターに乗り扉が閉まった。
表示が8階でとまった。

やがて空のエレベーターが戻ってくる。

毱花とまさにお似合いな雰囲気の男。
何年も2人で積み重ねたような、2人の醸し出す濃い空気に窒息しそうだ。

なぜ。

表裏のないはずの彼女なのに。

こんな事が実際に起こるとは微塵も思っていなかったから、この現実に、自分が何を言って何をしてしまうのか想像もつかない。

それが今、目の前に、現実だった。

意外と言葉も出ないし、体も動かない。ただ、やっと、空気を固めた壁の中にいるように、苦しく呼吸しながら立っていた。

毱花と男は何やら話していた。
自然な彼女の姿、何も隠さない素の彼女をそのまま晒し、素直な明るい感情をそのまま男に向け、そんな2人に入る隙間もないと思った。

呆然とその場に立っていたら、同じような立場なのかと思った女も、真っ青になって空のエレベーターを見ている。

まさか、本当に毱花の相手の男の相手?

黙りこくって、立ち尽くして。

女も同じ気持ちなのか。

お互いの相手を想っている。
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