一夜限りの恋人は敵対企業のCEO⁈【後日談有】
「Nur ein Pianist ist in Ordnung, Rena
(ピアニストだけで結構よ、レイナ)」

 フラウ・ヴューラーが手を差し出してきた。
 おずおずと私も手を差し出す。
 華奢な体格なのに、力強さがある手だった。

 彼女はピアニストだけど、憧れの人だ。
 ドイツ人で、ウィーン在住。
 一五歳で国際コンクールに優勝して以来、天才とか最高の芸術家の一人とか、評判をほしいままにしている。

「Frau Wüller. Ich bin Rena Tagami
(ヴューラーさん。私は多賀見 玲奈です)

Vor fünf Jahren ging ich nach Wien, um Ihr Klavier zu hören
(五年前、貴女のピアノを聴きにウイーンに行きました)」

 誕生日祝いだと、お祖母様が連れて行ってくれたのだ。

 ワーグナーのタンホイザーと、リストの超絶技巧集と。
 ワーグナーもリストが編曲したものだし、フラウ・ヴューラーはリストがお好きなのかな。

 どの曲も深く豊かな音色で、ドラマティックだった。彼女の指から光の粉が撒き散らされているように見えたっけ。
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