きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「あたし、中学のとき全部知っちゃったの。だからりー君のそばにはもういられないと思って、もうどうしようもなくなって……別れるしかなくて」
「ちょっと落ち着けって」
「だからつぼみを許そうだなんて思わなくていいから!」

姉がまるで、世界を敵にしてでも久住君を守ろうとしている聖母みたいに見えた。

「妹のせいで、りー君がひとりぼっちになったと思ったら苦しくて……」
「だからそれ、どういう意味だよ?」

久住君は、千絵梨をなだめるようにその目のなかを覗きこんでいた。

「……だから悟志(さとし)とも別れて、ずっとここで待ってたの」
「悟志って……倉持君と千絵梨は」

……両思いじゃなかったの?

「本気なわけないじゃん! あんたへの腹いせで付き合ったに決まってんじゃん!」
「そんなの……嘘だ」

千絵梨の話すことのすべてが受け入れられない。本能が拒否反応を起こしてしまう。

「ほんとはそのことをつぼみに謝ろうと思ってた。でもさ、なんであんたいつも理人のそばにいるのよ? 同じ学校ってだけでなんでいつもこの駅に来るたびにあんたが」
「そっか……千絵梨は」

千絵梨はずっとあそこで、久住君を待ってた。

「軽々しく謝罪とかするつもりだったの?
そんなんで許されると思ってんの? あんたのせいで彼はすべてをなくしたんだよ? 唯一の家族だったお母さんをなくしたのは、つぼみのせいだから!」

小さなおでこをそのまま久住君の胸に押し当てて、キレイな涙をぽろぽろとこぼした。

謝罪もなにも、私は今の今まで何も知らなかった。恥ずかしいほどに、なんにも知らなかった。

「ちょっと待って。唯一の家族ってなんだよ?」

泣きじゃくっていた千絵梨は息を飲んで顔をあげた。

「親父とは普通に親子だけど」

もしかして彼も。
今の今まで、何も。

「親父と……血が繋がってないってこと?」

硬い石を吐き出すようにつぶやいた横顔を、とても見ていられなかった。

「ごめん、そういうつもりじゃなくて!」

今はきっと、彼には何も聞こえない。
私だって信じたくない。
でも千絵梨の訴えが切実すぎて、嘘じゃないことがわかる。

15年前のあの事故の加害者が私で、被害者が、久住君だった。

「あたし、知ってると思って……」
「勝手に人を悲劇の主人公にすんな」

低く吐き捨てると、すがった千絵梨を振りはらって久住君は駆け出してしまった。

「待って!」

その背中を追いかけたかったけれど、足が動かない。私、罪人だったんだ。やっぱり足枷で繋がれてたんだ。

「どうしよう、どうしよう……あたし」

かがみこんで体を丸めて泣かれて、あのページの金魚を思った。
きっと金魚は水面のわずかな空気を頼りにして、自分の居場所をずっと探していたんだ。

だけど狭い水槽のなかにすら、はじめから居場所なんてどこにもなかった。

私のせいで久住君のお母さんは亡くなってしまった。私が彼を独りぼっちにしてしまった。

お父さんが血の繋がらない他人だなんて少しも疑わずに生きてきたのに、その日々さえ踏みにじってしまった。

久住君の家族みんなの笑顔が浮かんできては、ぱりんと音を立ててわれていく。
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