もふもふになっちゃった私ののんびり生活
 かなり危ない手つきでブツ切りにした野菜を入れて作ったスープは、味付けは塩のみだったがとても美味しく感じられた。

 転生してから初めての温かいスープが喉を通って胃へと落ち、お腹がほわんと温かくなる。無意識にほうっと出た吐息には、私の中へと人としての大事な物が戻って来たことへの安堵が宿っている気がした。


 前世私が死ぬ最後の頃は、食事はゼリー飲料くらいしか喉を通らなかったしその前もコンビニご飯で、自分で作った温かい料理を食べた最後の記憶は思い出せない程昔だ。

 家に帰るとただ汚れを落とす為だけにシャワーを浴びてほんの少しの睡眠をとり、起きるとただ惰性のように毎日会社に行き、言われるままに仕事をする繰り返しの日々の中、私の心の中身は空っぽだった。
 温かいご飯を食べて温かいお風呂に入って十分に寝る。そんな基本的なことは、全て置き去りにしてただ生きているだけ、それが限界に達して死んだのだ。

 そんな私が神様から今の生を貰い、記憶を残したまま転生した。
 だけど今の私が以前と全く同じ雨沢紗季という人間かといったら違うだろう。

 そんなボロボロの状態で死んだ人間が、すぐに四つ足の獣として生き返って、正気でいられる訳がないのだ。
 今思い返すと、今までは何十にも張り巡らせられた薄い透明な幕の向こうから、ルリィを眺めているような感覚だった。神様が私が生きる為に精神を鈍化させてくれたのだと思う。

 それがこうしてのんびり生活することで精神が休まり、少しずつ、少しずつ空っぽだった中身が戻り、意識と精神の間にあった幕が一枚一枚と無くなって行っている気がしている。

 服を着、お風呂に入り、文字を勉強し、そして温かい食事をする。こうして段階を踏んで意識の正常化が進んだことで、神様が用意してくれた結界の中のこの場所も、どんどん外と整合しつつある。

 ここは神様が用意してくれた、いわば私の為の箱庭なのだ。母親の胎内で十か月と十日で赤ん坊が育つように、ゆっくりと時間をかけてこの世界で生きていけるようになる為の準備を整える為のゆりかご。
 そこでやっと私は、少しずつ、少しずつ、生気を取り戻しているのだ。

 この世界で私は生きて行くんだな、と実感がじわじわとスープと共に身体に染み入るようで、泣きながらスープを完食した。

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