『ただ、君だけを愛したくて』
ーーーーーーーーーー夏ーーーーーーーーーー
 





   1991年9月18日。

 暑さが引き始めた夏だった。

 

 わたしの名前は、鈴木ソノカ。

 〈園夏〉という漢字は、わたしにとっても、世間にとっても、どうでも良い漢字だった。だからかな? わたしは、ソノカっていう名前をカタカナで書く方が好きなんだと思う。

 

 わたしは今、木でできた机に向かってペンを走らせている。そう、今は高校の授業中だから。

 数学は昔から不得意だ。と言っても、得意な科目の方が少ない。得意な科目は、小学生の頃のわたしの、記憶の中から既に消えかかってしまっているから。



 ーーーキーンコーンカーンコーンーーー



 チャイムが鳴ると同時に、騒がしいイスたちがガタガタと声をあげる。まるで、つまらない算数に飽きた子供たちが一斉に、あくびをしているようだった。この一瞬が、わたしにとっての安らぎの時間でもあった。安らぎの時間は、誰に対しても平等に配られるものなのかも、知れない。







 「おーい!ユヅキ!メシくおーぜー?」

 わたしの後ろで生徒たちが叫び声をけたたましくあげる。つかのまの安らぎは、どうやら過ぎ去ってしまったようだ。

 「ういーっす」

 気怠そうな声の持ち主の名は、
 佐倉柚月。

 わたしの家の近所のアパートに住む幼馴染の、文武両道を極めた生徒会長だ。
 柚月は、この学校内外で一番モテる男子でもあった。女子からはもちろん、男子からも。
  
 そんな柚月に、嫉妬しない女子は多分いない。…このわたしを含めなければだけどね。

  


 ーーー強がり?ーーー



 ーーーツンデレ?ーーー



 ううん。
 そんなことない。



 だって柚月が友達と仲良くしているのを、眺めている方がよっぽど安心するから、ね。



< 1 / 5 >

この作品をシェア

pagetop