無口な彼の熾烈な想い
鈴が4つ目のパンを食べ終わると、綾香は待ってましたとばかりに口を開いた。

「母のこと、絢斗から何か聞いたかしら?」

「いえ、敢えては尋ねていません。すぐにルイさんとギャルソンの方がお見えになりましたし、みんなの前で話す内容ではないかと」

短時間でも状況を正確に捉え、その場を最善な状態におさめていく。

平野夫妻から、鈴も絢斗同様、毒親からの攻撃に堪え忍んできたと聞いている。

しかし、目の前の鈴からは、毒親に毒されたかわいそうな子供感は全く感じられない。

むしろ、毒親さえもゲームの攻略対象としているかのように淡々と向き合っているようにも見えて頼もしい。

姉としては他力本願で情けない限りだが、そんな鈴の強さが絢斗の心の鍵を壊し、絢斗自身が望む自由な世界は目の前に広がっているの
だと理解することを願うばかりだ。

「あの母親はね、生まれた時から絢斗の存在を認めなかったの」

「初めからいないことにした、ということですか?」

「いいえ、男の子を産んだ自分を認めたくなかった母は絢斗を女の子として育てようとしたの」

なんと、女尊男卑の悪役令嬢は、実の息子を娘として育てようとまでしていたのか?

180cmを越え適度な筋肉のついている細マッチョの絢斗だ。

思春期にはすでに男らしさが滲み出していたはず。

そんな少年に女の子らしさを求めるとはずいぶん酷な話だったろう。

「ですが、よくそんな方が結婚して子供を作れましたね?」

生々しい話になるが、男嫌いで男女のあれやこれやに目を瞑って子を成すことなどとても出来そうに思えない。

「父は母の幼馴染みというか乳兄妹なの。かくいう父も両親に女として育てられた人で。父の場合は完全に中性的で見かけも女性らしいからあまり問題にならなかったのかもね」
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