離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
プロローグ
 ベッドに横たわる私の上へ馬乗りになりこちらを見下ろす男が、骨ばった大きな手で私の頬を撫でた。

「まつり」

 私の名前を呼ぶ男に、作った恍惚(こうこつ)とした表情を向ける。

悠人(ゆうと)さん」

 頬にあった男の手に手を重ねると、男は切れ長の目を細めて微笑を浮かべた。覆いかぶさってきた男に、唇を塞がれる。

 嫌悪感に顔がゆがみそうになるけれど、私は奥歯を噛みしめて男に身を委ねているふりをする。

 こうなる前から抱かれることも覚悟していた。

 生半可な思いでここへ来たわけじゃない。どれだけつらくとも、私はこの男と結婚するために今日まで生きてきたのだから。

 使えるものは身体だってなんだって差し出してやる。必ずこの男の気持ちを私に向けて、一日でも早く父が味わった絶望を思い知らせてやりたかった。

 目を閉じれば、幸せだった過去の日常の光景がまぶたの裏に浮かぶ。凍ったように冷えきっていた私の心に、鈍い痛みが走った。

 お父さん……。

 キスをしながら私の服を脱がせる男に脇腹をなぞられる。ぞくりと快感が背筋を駆け、私の身体が小さく跳ねた。

 初めての感覚に内心ひどく戸惑う。この男が相手だというのに反応する自分に嫌悪感を覚えた。

 男に触れられるたびに心がすり減っていくような心地になる。目的を果たすまでに、私はあと何回この男に抱かれるのだろう。
< 1 / 204 >

この作品をシェア

pagetop