例えば世界が逆さまになっても




あの成瀬なら、入社試験トップもガセじゃないだろうな。
敗北にも似た感想を浮かべながらも、俺は、やっぱり若菜の隣には、俺なんかよりも、成瀬みたいな人間の方が相応しいのだと確信していた。

成瀬はモテるけど誠実だから、若菜のことを大切にしてくれるだろう。
できることならば、すべてを打ち明けて、許してもらって、この先も若菜とずっと一緒にいたかった。
でも、やっぱり俺は、高校時代から完全には変わりきれてなかったようだ。
外見や、ほんの少しの性格改変はできたけれど、それはごく浅い部分でしかなかったのだ。
改変といっても、しょせんは張りぼてだった。
結局、あのとき若菜に嘘の名前を告げたときと、全然変わってなかったわけだ。
あのときと同様、今回も、俺は、自分よりも成瀬みたいな人間に、若菜のそばにいてもらいたいと思ったのだから……


ただあのときと少し違うのは、今回は、劣等感だけが原因ではないということだった。
四年近く一緒にいても、俺は、若菜の足もとにも及ばないと常々感じていたから。
相沢 若菜という外見も内面も素晴らしい女性の隣にいるのは、俺みたいな張りぼて野郎であってはならない。
若菜のことを大切に想うからこそ、俺は強くそう思った。

ただの言い訳に聞こえるかもしれない。
自分の吐いた嘘から逃げるための口実だと、嘲笑われるかもしれない。
だがそれでもいい。
とにかく俺は、別れを選ぶことが、若菜のためになるのだと思ってしまったのだ。


俺みたいな、後ろ向きで、暗い性格の男は、若菜には相応しくない。


悩みに悩んだ末、俺は卒業旅行を最後に、恋人との連絡を絶ったのだった。

そして迎えた卒業式、別れの言葉を告げた。



一人立ち去る途中で、若菜と再会した中庭を通りかかった。
苦しくて苦しくて苦しくてたまらない俺の脳裏には、今も容易くあのときの記憶が浮かんでくる。

俺は、溢れかえってくる想いをしまい込むように、立ち止まり、そっと目を閉じた。



―――『それにしても、本当に、ただ寝転がっただけなのに、こんなにも見え方が変わるんですね。教えてくれてありがとう!』




あのときの無邪気な笑顔だけは、永遠に俺だけのものだと言い聞かせながら。










< 45 / 109 >

この作品をシェア

pagetop