例えば世界が逆さまになっても




―――『それにしても、本当に、ただ寝転がっただけなのに、こんなにも見え方が変わるんですね。教えてくれてありがとう!』



わたしは、大学に入って間もない頃、友樹と会ったときのことを思い出していた。
あのときも、今みたいに仰向けになったのだ。


立ち入り禁止の芝生の上で仰向けに寝転んでいる彼に、無性に興味を抱いたのをはっきりと覚えている。
具合でも悪いのかと近付いてみれば、そういうわけでもないらしい。
ただ首だけを曲げて見上げるのと、寝転んで見上げるのでは、全然景色が違うのだと教えられ、さらに興味が深まった。

そうして彼の隣で彼と同じように横になり、仰いだ世界は、確かに今までに見たどの青空よりも、青かった。


こんな風に地面に寝転んでちゃんと空を見上げるなんて、大人になってからは一度もなかった。
簡単にできることなのに、敢えてしようとは思わなかった。
いつもとほんの少し行動を変えただけで、違った景色が見えてくるのだと、
それを、彼に教えてもらったのだ。


大げさに言えば、彼に、見える世界を変えてもらった気がした。


そのせいだろうか、思わずはしゃいで何枚もスマホで撮影していたわたしだったけれど、ふと隣に顔を向けてみると、そこには、少し呆けたような、でもとこか照れくさそうに、わたしを見つめる彼がいて、ドクンと心臓が跳ねた。


このとき、わたしはもう彼に惹かれてしまっていることを、自覚していた。
だからそのあと、彼の特別になりたくて、頑張った。

あまり口数が多くない彼は、一見は取っ付きにくそうな印象を与えたけれど、実際話してみると、優しくて、シャイな一面が見えてくる。
そうすると、そのギャップが女の子達の中で評判になってしまい、わたしは密かに焦っていた。

世間一般で言われている、好きな人に振り向いてもらうための手段は、一通りこなしたかもしれない。
それほどに、誰にもとられないようにと必死だった。
そのおかげか、しばらくして彼から告白されたときは、本当に、大げさでなく、人生の幸運を使い果たした気さえしたのだった。









< 47 / 109 >

この作品をシェア

pagetop