例えば世界が逆さまになっても
そういうわけで、わたしは成瀬くんに彼のことを一切尋ねなかったし、名前すら口にもしなかった。
成瀬くんも、高校時代の話をすることはあっても、彼の名前が登場することは一度もなかった。
けれどどうしても、成瀬くんの向こうに彼の気配を探ってしまうのは止められなかったのだ。
「……ほら、また」
「え?」
「今日の相沢、なんだか考え事が多くない?大丈夫?」
なにか心配事でもあるの?と、優しい同僚は気遣ってくれる。
そんな成瀬くん越しに、自分の失恋を思い返して彼の存在を追い続けているわたしは、優秀なビジネスパートナーとは呼べないだろう。
それは成瀬くんに申し訳ない。
わたしは大急ぎで仕事に気持ちを戻したのだった。
「ごめん、集中しなくちゃね」
「謝らなくていいよ。そんな時もあるし、今日の仕事を考えたらナーバスになっても仕方ないよ。ただ具合が悪いなら教えてもらっておいた方がフォローもしやすいからさ」
どこまでも、成瀬くんは優しい。
わたしはそんな成瀬くんの腕を、”大丈夫” と伝えるつもりでぽんと軽く叩いた。
すると成瀬くんは一瞬眉を上げたものの、すぐに安心したようにニコッと表情を和らげてみせる。
そうしてわたしは、四年前の失恋には蓋をして、仕事相手との待ち合わせであるホテルラウンジに急いだのだった。