例えば世界が逆さまになっても




意気込んで始まった打ち合わせだったけれど、結果的には一時間ほどで終了となってしまった。
先方に緊急の呼び出しが入ったからだ。
社からの電話を受け、申し訳なさそうに謝罪する相手を、わたしも成瀬くんも丁寧にお見送りするしかなかった。
そのあと成瀬くんが報告の連絡を上司にしたところ、中途半端な時間であることから、今日はもう直帰していいと言われたので、そのままラウンジにて二人でささやかな慰労会となった。


平日、夕刻早めのホテルラウンジは、一時の賑わいを忘れるほどに静かなものだった。
今日の仕事内容や、とめどない話題を広げていると、ふと、成瀬くんの携帯が着信を知らせた。

「あれ…?」

「どうかした?」

着信相手を確認した成瀬くんが意外な声をあげたので、反射的に訊いていた。

「いや、妹からなんだけど…」

「妹さん?こんな時間に?」

普段ならまだ仕事中の時間帯だ。

「何かあったのかもしれないよ、早く出てあげなきゃ」

実家暮らしの成瀬くんは、ひとつ下の妹さんと仲がいいらしい。よく会話の中に登場してくるほどだ。
でも仕事中であると分かっていながら電話をかけてくるなんて、急ぎの用かもしれない。
わたしは自然と促していたけれど、成瀬くんはどこかのんびりとしていた。

「実はあいつ、今日ここのホテルで結婚式の打ち合わせをしてるんだよ。今朝、俺も仕事でここに来る予定だって話してたから、それで電話寄越したんじゃないかな。……あ、もしもし?どうかしたか?…いや、ちょっと早いけどもう仕事は終わったんだ……」

成瀬くんの柔らかい口調に、一人っ子のわたしは少し羨ましく思った。
彼みたいな優しいお兄さんがいたら、きっと楽しいだろうな。
色々話も聞いてくれるだろうし、恋愛相談だって……
そう考えたところで、またもやうっかりと四年前の失恋を思い返してしまいそうになり、まだまだ鮮明な傷痕にそっと目を伏せた。
そのときだ、

「え?倒れた?」

成瀬くんの鋭い声が、耳に刺さるように届いた。








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