愛で壊れる世界なら、

 土埃に汚れた髪を揺らして振り向く。
 いつ到着したのか、豪奢で見るからに頑丈そうな馬車を背に、幾人もの護衛を引き連れた姿がそこにあった。一つにまとめた豊かな黒髪を流した立ち姿は、一目で立場ある者だと感じさせる力強さがある。


「――侯爵さま」


 レイチェルを養子にと望む侯爵その人だ。ユーニは駆け寄り膝をつく。
 侯爵は目を眇め、傷だらけの少女を見下ろした。

「お嬢さまのもとへ向かいたいと思います」
「襲われたのか」
「その場に居合わせたというのにお救い出来ず、大変申し訳ございません!」

 答える間にも侯爵から放たれる威圧感が高まっていくのが、足元を見つめるユーニにも伝わった。
 レイチェルを思って気持ちは急いたが、侯爵に求められるままに詳細を語る。単独で救いに向かおうとすることが無謀だと分かっていたから。……縋れるものがあるなら縋る他ない。

 侯爵の指示により、計画的な犯行であれば未だ誘拐に対する要求がないのはおかしいと現場をあらためたところ、果たしてそこにそれはあった。
 何かから引きちぎったと見える粗い布に書き付けられた文字。金額、馬、数、と単語のみが連なり、地図のつもりだろう落描きのようなものがついている。

「あの子のもとへ、と言ってたね」
「はい」

 テーブルの上に広げた地図から、侯爵の視線が傍らに立つユーニへと移る。手早く治療を受けて着替えた彼女は、その眼差しを怯むことなく受け、侯爵は力強く頷いた。

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