明日、雪うさぎが泣いたら




・・・




婚儀前夜――とは言っても、端から見れば近親婚だということもあり。
すべては内々に執り行われることとなった。――というのすら建前で、実際のところはこれといって何もない。
ただ、私と長閑、それに雪狐がこの場所を離れるというだけ。


「母様」


それでも、これまで育ててくれた母のもとから巣立つことには変わりない。


「あら、珍しい。それに、まさか貴女が挨拶に来てくれる時が来ようとはね」


娘が嫁ぐ前夜に、言うことがそれ。
部屋に入るなり、気分が削がれてしまった私にころころと笑う。


「だって、仕方がないでしょう? ここを出るといっても、相手は私が誰よりも信頼している殿方なんですもの。貴女があの方の後ろをちょこちょこ歩いては困り顔をしていた恭一郎殿の顔だって、今でも思い出せてしまうわ。ある意味、母である私よりも貴女の面倒をみてくれたのだから」


そうは言うけれど、この時代この国においての(とうと)いとされる他の女性と比べると、母様は随分私に構ってくれた。
乳母(めのと)もいたけれど、母様と一緒にいた記憶だって、なぜかちゃんと残っているのだ。


「この際、狐もいいかと思っていた矢先のことよ。ええ、何処の稲荷に供え物をして、どうか小雪を娶ってくださいませんかとお願いするところでした。間一髪、恭一郎殿が決心してくれて何より」


以前も似たようなことを言われたが、今度ばかりは本気度が増していたようだ。
娘が座る前から、怒濤の勢いで、しかし嫌味っぽく言い連ねるのを見ると母様の方こそ。


(……狐がもう一匹……)


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