すてきな天使のいる夜に



先生からそう言われ、返す言葉もなかった。


情けない。


あれくらいのとこで、心が折れそうになってしまうなんて。



「なあ、紫苑。」



「なんだ?」



「まさかとは思うけど、あの先生に言われて心変わりしたんじゃないだろうな。


紫苑の決意はそんな中途半端なんかじゃないよな?


紫苑が、俺に沙奈ちゃんの事を引き取りたいって言った時、紫苑は本気であの子を守っていく覚悟と決意があるんだって分かったよ。



それに、紫苑があんなに自分からこうしたいって言ったの初めてじゃないか?」




「翔太…。



俺だって、中途半端な気持ちで沙奈ちゃんを引き取るなんて言わない。


だけど、実際あの先生の言う通りだろう?


俺達、まだ学生の身であるし働いてもいない。


親父やお袋が最期に残してくれた財産があるけど、それで養っていけるのか?


それなら、沙奈のことは俺達がもう少しちゃんとしてからじゃないとダメなんだよ。」



「紫苑の言う、ちゃんとってなんだよ。


お袋や、親父が事故で亡くなってから俺達2人で乗り越えて来たじゃん。


働いてないけど、今俺達も生活できてるだろ。


それが、1人家族が増えるだけで全く無理っていうことはないんじゃないのか?



大変かもしれないけど、俺たちは働ける年齢でもあるんだから生活が苦しくなったら、俺達がバイトして少しでも稼いでいけばいいことなんじゃないのか?



引き取ることに関しては金銭的な問題よりも、紫苑と俺に沙奈ちゃんを育てていくっていう責任と覚悟があるかどうかってことじゃないのかよ。」




「翔太…。」



たしかに、翔太の言う通りだ。



金銭的な面だけで考え、判断しようとしていた。



沙奈と初めて出会った時、そんな甘い覚悟で引き取ろうとしていないことを思い出した。



たとえ、俺達2人が大学へ通ってるとはいえ生活が苦しくなっていることもなかった。



奨学金も病院から借りているし、今は働かなくとも生活できている。



大きな後悔と過ちを犯すところだった。



沙奈を支えていく、育てていく覚悟は彼女を見つけた時からあるんだ。



たしかに、あの時は放っておけないという気持ちでいっぱいだったけど、今は彼女を育てる覚悟が俺の中にあるんだ。



「翔太、ありがとう。


俺、あの先生に話してくる。」




「俺も、一緒に行く。」




それから、俺と翔太はもう1度沙奈の担当医へ自分達の気持ちと沙奈を支えていけるということを伝えた。


「私からは、正直子供を引き取ってもいいとかダメっていうことを君たちへは言えないんだ。


最終的には、市役所の担当職員が決める。」



医師はそう話し、その翌日に市役所の職員と面談の日を設けてくれた。



市役所の職員は、子供を引き取る大変さや自分達にかかってくる負担を分かりやすく丁寧に説明してくれた。



優しい50代くらいのおじいさんだったけど、面接は厳しかった。



当たり前のことだけど、子供を引き取る責任や覚悟、生活力や環境を詳しく説明しないといけなかった。



それから、俺たち2人に子供を引き取る資格があるかどうか担当の医師へ一通の封筒で通達された。



再び、俺と翔太は沙奈の担当医から呼び出され、面談室へ案内された。


医師は、茶色の封筒を俺たちへ渡ししばらく黙りこんでいた。


震える手で、封筒を開けると子供を引き取る資格があるという結果が記されていた。


その事を医師へ伝えると、医師は最終的には沙奈に決めてもらうこと、決して強制してはいけないこと、俺達2人と生きて行く道を選んだのであれば、それ以上反対はしないとその医師は話した。




沙奈はどう答えを出すのだろうか。



沙奈が、目を覚ますことを祈りながら俺と翔太は交代で沙奈の付き添いをすることになった。
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