夢みたもの

ひなこの過去

口元を歪めて僅かに表情を崩すと、彼は静かに頷いた。



「あの・・・それじゃ、ドイツ語は?」


しどろもどろになりながら、あたしはやっとそれだけ言った。

どう接したら良いのか分からなかった。



『副会長が気を使ってくれた』



彼はそうノートに書いてあたしに見せると、あたしの反応を確かめて、その下に続きを書き加える。



『面倒な事にならないように』



「葵が?」


あたしがそう言うと、彼はゆっくり頷いた。


「そうなんだ」



きっと、ただでさえ注目される彼が、体の事で余計な詮索や変な噂を立てられないようにする為だ。

実際、今朝の事があってから「編入生が喋らないのは、言葉が通じないからだ」という噂が普通クラスでは流れ始めている。

葵はその為に、わざわざドイツ語を勉強して、思惑通りに生徒を動かした。


「さすが葵だなぁ」


感心して小さく笑った。

今更ながら、葵の凄さを思い知った気がする。



『とても親切な人だね』



ノートに付け加えられた言葉に、あたしは大きく頷いた。



「あたしの自慢の親友なの」


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