カエデ並木に君の後ろ姿
「どうして?」


理由くらい聞く権利はあるはずだ。

君が手の届かない存在になりつつある、いやもうなっているのかもしれないといえど、ほんの5分前までは普通の恋人だったはずなのだ。


どこで間違えた?僕は。

今、何か君を幻滅させるようなことをしただろうか。


今までの行動を思い出してもいつもと変わらなかったはずなのだ。



考え得る限りで可能性を挙げてみる。



「社長に何か言われたりした?」


社長とは君の所属する芸能事務所の社長のこと。


僕たちのちょうど親くらいの世代の女性の社長だが、芸能界に疎い人でも知っているような有名な俳優が多く所属している事務所を経営しているとあって、かなりやり手らしい。



芸能活動をするなら恋愛禁止、社長に言われて別れるのもフィクションではありがち。


だからと言って、今突然君の決心が固まった理由にはならないけれど。



案の定、君は首を横に振った。



「社長に確かに恋人について言われはした。『彼氏はいる?』って。


でも別れなさいって言われた訳じゃない。

社長は厳しい人だけれど、ものすごく理解のある人だから」



なるほど。

女性だからなのだろうか。



「『あなたの人生だから、女優が職業だからって私が無理に別れなさいと強要することは出来ない。

でももしスキャンダルが出た時にファンが減ってしまうのは確か。だから何が大事かよく考えて決めなさい。』って」



大手芸能事務所を運営するというのは並大抵のことではない。

それくらいの器があるからこそ務まるのかもしれない。


大手が大手であり続けるためには、人気のある俳優に所属し続けてもらわなければならないわけだ。

働きやすさは重要だろう。




現実世界というのは意外とこんなものなのかもしれない。
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