拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

22.意外なお人に出会いまして。



〝さっきの対応、わざとですよね?〟

 並んでジェラートを食べながら、フィアナはそうエリアスに問いかけた。ちょうど、ぱくりと一口食べたところだったエリアスは、スプーンを口に含んだままぱちくりと瞬きをすると、にこりと微笑んではぐらかした。

〝なんのことですか?〟

 時々、エリアスのことがわからなくなる。どこまでが冗談で、どこからが本気なのか。軽口ばかりを叩いているように見えて、どこまでを見通しているのか。

 ――いや、本当のところ、彼のことはわからないこと尽くしだ。この国の宰相で、フィアナを好きで、グレダの酒場を気に入っている。それ以外のこと、例えば彼の家族のことや、友人のこと。何を好み、何を嫌うのか。知らないことばかりだ。

 たぶんフィアナが尋ねたら、答えられる範囲のことであればエリアスは教えてくれるだろう。けれども、どこかでそのラインを、越えてはならない気がしていた。

 彼は宰相で、自分はしがない町娘で。自分は店とその周辺のことしか知らない世間知らずの小娘で、彼はこの国のすべてを見通せるような才覚ある大人で。

 店のカウンターを挟んだときにはじめて、同じ目線で、同じ世界で話すことが出来る人。……いいや。同じ目線、同じ世界で話せていると錯覚させるだけで、本当のところ、まったく異なる世界に生きている人。

 おそらくその溝は、永遠に埋まらない。どれだけ世界を重ねようとしても、その人がこれまで通ってきた道、経験したこと、感じたことは、どこまでいってもその人だけのものだから。

 それでも。

「フィーアナさんっ」

「み、みぎゃ!」

 お土産売場にて、とあるコーナーの前に釘付けになっていたフィアナは、エリアスにひょいと横から覗き込まれて、慌てて手を隠した。

「何か気になるものがあったんですか? 貸してください。私がお会計してきます」

「あ、いえ……。これは、自分で買いますので」

「いいですよ。今日は私がお誘いしたんですから。ほら、こちらに」

「ほ、本当に大丈夫です! これだけは、自分で買いたいので!」

 不思議そうな顔をするエリアスを置いて、フィアナは会計へと走る。

 包んでもらったそれを大事にバックにしまって、ぎゅっと抱きしめる。

 これだけの我儘なら、許されるかな。そんな自問をしながら、外で待つエリアスのもとへとフィアナは戻っていったのであった。





「はぁー。お腹が満ちると、幸せな気持ちになりますねえ」

 動物園を一通り見て、外にでたあと。公園内にあるカフェで簡単に昼食を済ませたふたりは、のんびりと木立の下を歩いていた。

 長い腕でうんと伸びをしながら歩くエリアスを見上げ、フィアナは笑いかけた。

「サンドイッチも美味しかったですね」

「青空の下で食べるというのが、またよかったんでしょうね。なんだかピクニックに来たみたいで、楽しくなってしまいました」

「あ、ピクニックもいいですね! 今度はお弁当持ってきましょうよ。キュリオさんやみんなも誘って、持ち寄ったお弁当を芝生に並べて。きっと楽しいですよ」

「それは素敵ですね。ただ私としては、フィアナさんが手作りしたお弁当は誰にも渡したくありません……。そうだ。フィアナさんのお弁当は私が独占し、その分、私が皆さん用のお弁当をたくさん用意しましょう」

「エリアスさんも料理するんですか?」

「いえ。ホテルのデリバリーに、ちょちょいと依頼を」

「お金で解決するスタイル!」

 けらけらと笑うフィアナの髪を一陣の風が乱し、とっさに彼女は目を閉じる。次に瞼を開けたとき、隣のエリアスは大きな手を目の前に掲げ、ゆらゆらと揺れる木漏れ日を眩しそうに見上げていた。

「こんなに心穏やかな休日、いつぶりでしょう」

 葉の合間から零れ落ちる陽の光うけて、アイスブルーの瞳がきらきらと輝く。それはまるで、静かに揺れる初夏の湖面のように美しい。

 白銀の髪が、風でふわりと広がった。

「――明日も明後日も明々後日も、今日という日が続けばいいのに」

 とくん、と胸が跳ねて、バックを持つ手に力がこもった。

 どうしよう。今だろうか。うん、いまだ。

 バックの持ち手をぎゅっと握りしめ、フィアナはそわそわと自問自答を繰り返す。そうやって何度か自分を励ましてから、フィアナは思い切って顔を上げた。

「あ、あの、エリアスさ……」

「ルーヴェルト宰相?」

 ふいに背後から響いた第三者の声に、フィアナも、そしてエリアスもぴたりと動きを止めた。

 フィアナの知る声ではない。そもそも、フィアナが知る人物のなかに、エリアスを「ルーヴェルト宰相」と呼ぶ者はいない。だとすれば、答えはひとつ。

 ぎぎぎぎと、錆びた車輪のような不自然さで、フィアナは声のした方に顔を向ける。その隣でエリアスも髪をなびかせて振り返り――途端、よそ行きの笑顔を張り付けた。

「――こんにちは、ギルベール儀典長。こんなところで、奇遇ですね」

(やっぱり、エリアスさん側の知り合いだったー……!)

 びしばしと感じていた嫌な予感が現実となり、フィアナは内心悲鳴を上げる。

 その視線の先で、品のいいコートを羽織った細身の老人――もとい、メイス国を支える重鎮のひとり、ギルベール儀典長は、不思議そうな顔でフィアナたちを見つめていたのだった。
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