拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

59.ドキドキのデビューを飾りまして。




 ルーヴェルト家の使用人頭、ダウスによる特訓は、翌日からさっそく始まった。

「背筋をまっすぐ! 天に首を伸ばすように!!」

「はい!」

「足音たてない! 流れるように、エレガントに!!」

「はい!!」

「お腹をひっこめて!! はい、背筋が曲がった!!」

「はぁい!!!!!」

 サラがお茶会を催すのは、三週間後の昼下がり。それを目標に、フィアナは週に一度はがっつり一日中、それ以外の日も隙間を縫ってエリアスの家を訪れ、ダウスのスパルタ指導に必死に食らいつく。もちろん、寝る前にはその日習ったことの復習も忘れない。




 そうやって、あっという間にお茶会の日がやってきた。




 よく晴れたお昼過ぎ。ダウスに手配してもらった馬車に乗り込み、フィアナは町はずれにあるサラの屋敷を訪れていた。

 もちろん、エリアスの同行はなし。直前まで彼は渋っていたが、特訓の成果を確かめるためにもひとりで出席したいこと、サラの集めたゲストに男の子がいないことを繰り返し話して聞かせ、最終的にはどうにか頷かせたのである。

 サラは兄弟や両親、さらには祖父母と一緒に暮らしているらしく、ギルベール家の屋敷はエリアスのものよりも大きい。馬車から降りてそれを見上げながら、フィアナは緊張でざわつく胸を抑えて深呼吸をした。

(落ち着け、私。大丈夫。ダウスさんにもお墨付きもらったんだから)

 息を吐きだし、フィアナは空色のドレスに身を包んだ胸に手を置いた。

 今日にいたるまで、それはもう、がっつりみっちりダウスに基本的な所作やらテーブルマナーやら教わってきたのだ。当然、拙いところは多々あるものの、三週間で出来ることはすべてやったとダウスも力強く送り出してくれた。

 幸い今日は、同年代の少女ばかりが集まる私的な会だ。フィアナのデビュー戦として、これ以上なくちょうどいい。

(あとは、サラさんみたいに話しやすいひとが多いといいけど……。あーもう、くよくよしててもしょうがない! 悩んでる暇があったら飛び込んでみるって決めたでしょ!)

 ぱんと両手で頬を叩いて、フィアナは気合をいれる。そのとき、報せを聞いて駆け付けたらしいサラが、扉を開けて飛び出してきた。

「フィアナ様――!」

「きょ、今日はお招きいただき……、って、うわぁっ!?」

 来て早々、サラはフィアナの両手をがっつりとつかむ。驚くフィアナをよそに、彼女はぶんぶんとフィアナの手を振った。

「来てくれたんですね、来てくれたんですねー!! 大好きなエンジェルが我が家に来てくれるなんて、夢みたいだわ!!」

「さ、サラさん! わかった、嬉しいのはわかりましたから!」

 そのまま一緒に踊り出しかねない彼女を、フィアナはなんとか宥める。ようやく解放されてから、フィアナは唇を尖らせた。

「あと、名前です。フィアナ、でいいですって。様はいりません」

「そうだった、そうだった! ダメね、目の前にいるのがエンジェルだと思うと、ついつい緊張しちゃって。でも、フィアナ? 私のことは、サラと呼んでくれないの?」

「……ど、努力はしてみます。サラ、さん」

 期待たっぷりのきらきらした瞳で覗き込まれ、フィアナはしどろもどろに答える。同い年とはわかっているが、彼女が儀典長の孫娘だと思うと、気安く呼ぶ気になかなかなれない。

 困ったように目を泳がせるフィアナに、サラはあっけらかんと肩を竦めた。

「まあ、いいわ。そのうち慣れてもらうから。それより! 早く行きましょう。今日いる子たちはみんな、『氷の宰相と春のエンジェル』が大好きなの。本物のエンジェルに会えるっていうんで、首を長くしてお待ちかねなのだわ」

サラに連れられ、フィアナは会場だという庭に向かった。さすがは大きなお屋敷。広い庭の真ん中に、のんびりと花を眺めながらお茶をできるような優雅なスペースがあるらしい。

 歩いて行った先で目に入ったのは、真っ白の大きな鳥かごのようなドーム。中ではフィアナたちと同い年ぐらいの少女が5、6人ほど、すっかり準備の整ったテーブルを囲んで楽しそうに談笑していた。

「みんなー! おまたせー!」

 サラが手を振りながら近づいていくと、少女たちはぱっと立ち上がり、フィアナを見る。たくさんの視線を一気に浴びて緊張するフィアナをよそに、サラは妙に得意げにフィアナを指し示した。

「ごらんなさい、皆さん! こちらが、本日の主役! 我らが『氷の宰相と春のエンジェル』の……」

「エンジェル・フィアナさん、ですのねー!」

 黄色い声とともに、少女たちがわらわらと駆け寄る。色とりどりのドレスに身を包んだ可愛らしい少女たちに囲まれ、フィアナはくらくらと眩暈がした。それでも、ダウスに教わった作法をどうにか思い出し、ドレスの裾を持ち上げてちょこんと膝を折った。

「は、はじめまして。グレダの酒場の、フィアナと言いますっ」

「うわ~! 可愛い!」

「私、小説を読んでイメージしていた通りの方ですわ!」

「きゃあぁ! フィアナ様! 私と! 私と握手をしてくださいませ~!」

「はいはい、ストォップ! 気持ちはわかるけど、みんな順番に! いきなりこんなに詰め寄られたら、フィアナが困っちゃうでしょ?」

 キュリオの店で散々黄色い声を上げていたことは棚に上げて、サラがぱっと手を広げる。きらきらと目を輝かせつつ、それでも言われた通り口を閉ざす少女たち。その一歩後ろで、もじもじと縮こまるひとりの少女を、サラは指し示した。

「みんな紹介するけど、まずはあの子! フィアナにもとっても関係がある子なのよ?」

 少女たちの頭の向こうで、指し示された少女の肩がびくんと震える。だが、彼女が何やら慌てている間に、ほかの少女たちも「たしかに!」「その通りね!」などと口々に言いながら、二手に分かれて道を空けた。

 フィアナとおなじぐらい、小柄な少女だ。目がよくないのか、丸い眼鏡をかけている。

 遮るものがなくなったことで、少女はひゅっと息をのむ。おずおずと近づいてきた彼女は、怯えるように視線を外したままドレスの裾を掴んだ。

「わ、私、ルーナ・フィリアスといいます……」

「ほら、言って。そう胸に決めてきたんでしょ」

「がんばって」

 励ますように、ほかの少女たちがルーナの肩を抱く。それで意を決したのか、ぱっと顔を上げてフィアナを見てから、彼女は勢いよく頭を下げた。

「私が、『氷の宰相と春のエンジェル』を書きました! 勝手に小説にしちゃって、ごめんなさい!!」

「へっ?」

 虚を衝かれたフィアナは、深々と頭を下げる小柄な三つ編み頭をまじまじと見つめる。冗談かと思って他の少女を見れば、皆、固唾を呑んでフィアナの反応を窺っている。

 そんななか、代表してサラが口を開いた。

「紹介するわ。彼女は、私のお友達のルーナ。そして、『氷の宰相と春のエンジェル』をこの世に生み出したその人、セイレーン大先生ですわ!」

「え? ええぇぇええぇ!?!?」

 すっとんきょうなフィアナの声が、美しい花々の咲く庭に響いたのであった。

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