【完】黒薔薇の渇愛




「ねえ、聞こえてる~?
 耳ついてるよね?
 俺君の耳取った覚えなんかないんだけど」


「………ひっ、ぐ」


「あっれ、泣いちゃった……。
 女の子の泣き顔とかちょっと苦手なんだけど。
 あっ、別に嫌いではないから泣いてくれてどうぞ。
 そしてスッキリしたら俺とちゃんと話そうね」



勝手に話を進めながら、私の頭を優しく撫でるわざとらしい慰め方をする謎の男。


私はさっき、この男に拐われた。


車を走らせたわけでもなく、口を塞ぐこともせずに
ただ私の手を引いて歩く。


そしてこのガランとした、寂しく静かな肌を刺す冷たい空気に包まれた倉庫に連れてこられた。


大声を出して周りに助けを求めればよかったのに、とか。

男の手を振り払って逃げればよかった、なんて。


やればできる行動さえも、彼の威圧によって掻き消された。


本当に怖い思いをしたとき

人は声がでないのだと。


地面を蹴る力さえでないんだってことを、男の顔を見たあの瞬間知る。





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