たまには甘えていいんだよ
そんなこんなで5分くらいしたら壱斗の家に着いた。

「ほら、鍵出して?開けるから」

私がそう言うと、もう強がる気はないのかぐったりしながら鍵を差し出した。いつもの包容力のある壱斗とは別人のようだ。それだけ無理させてたんだと思うと胸が苦しくなる。

「ごめん、ありがと…」

壱斗はそう小さくつぶやいた。こんな時でも感謝は忘れない壱斗に少し呆れながらも鍵を開けた。



部屋に入ってすぐの所にソファがある。とりあえずそこに壱斗を寝かせて、私は体温計を探そうとしたら、机に既に置いてあった。

ピッ


「はい、壱斗測って」

大人しく彼は挟む。


ピピピピッ


「ほら、見せて」

そうやって彼から受け取った体温計を見ると


「38.9度…しっかり風邪じゃん…」

私だったらぶっ倒れてるであろう温度が無慈悲に映し出されていた。よく耐えてたなぁこんな高熱で…。しかも、既に体温計が机に置いてあったということは確信犯だ。

「朝から熱あったんでしょ。ちゃんと答えて壱斗。」


小さい子をなだめるみたいに私は言った。いつも壱斗が勉強してない私を叱る時のように。

「朝見た時は37.4度でちょっと熱っぽいだけだったし、せっかくのデートなんだからと思って…」


そう覇気のない表情で言う壱斗。壱斗の私を想う優しい気持ちが痛いほど伝わってくる。そして風邪引いてる壱斗を気にせず振り回してしまったことをとても後悔した。



でも、なによりも、私は悲しかった。




「そんな体でデートされたら私が心配だよっ。もう。たまには私にだって甘えていいんだよ?壱斗はいつも優しくて大人で私をたくさん甘やかしてくれるけどさ、壱斗は全然甘えない。壱斗だって1人の人間なんだし、第1私は彼女だよ?もっと辛い時は辛い、苦しい時は苦しいって言って。わかった?」


そう。壱斗はどんな時も優しいけど、愚痴も不満も言わない。学校であった楽しいことは話してくれるけど、嫌なことは言ってくれない。そんな壱斗に対して私は引け目を感じていた。壱斗は心を開いてくれていないんじゃないか。私は彼女として何かしてあげられているのか…。


しばらくすると、壱斗は苦しそうにしながらもぽつりぽつりと話してくれた。


「俺、ほんとにあいりのことが大好きで、だからこそあいりの前では大人でかっこいい所見せたかった。だから今日だって風邪でダウンしてるとかあいりに知られたくなかったし、あいりの前ではかっこいい彼氏でありたかった。不安にさせてごめんな。」

そう言いながら、優しく、でもしっかりとした手で頭をぽんぽんしてくれた。壱斗の気持ちが不器用ながら伝わってきて、目頭が熱くなった。



「こっちこそ、体調悪いのに私が当たっちゃってごめん。でもね、かっこよくなくていいよ。いい所ばっかりじゃなくてもいいよ。だからもっと私に頼っていっぱい色んな感情ぶつけて?私は壱斗の彼女なんだよ?」



壱斗はいつもの優しい笑顔で頷き、

「ほんとにありがとう」

と呟いた。でも相変わらず熱が高く苦しそうだ。


「感謝はいいから。ほらっ、ベッド行って薬飲んで寝よう?」


壱斗は首を縦に振り、なんとか私に支えられながらベッドに移動した。


「まじでかっこわりぃな、俺。ごめんな」

そう申し訳なさそうに壱斗は呟いた。


「だから気にしないで治すことに専念しなさい!わかった?」


いつもだったら壱斗のセリフなのになぁと心の中で思いながらも、私はお姉さん気分で看病も案外悪くないかも?なんて思った。



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