アンコールだとかクソ喰らえ!

 無論、母が見張っているわけではないのだから、当初の予定通りさっさとお帰り頂くことで決着をつけるのも可能ではあった。
 しかし、だ。「食べていってね!」母のこの一言が全力でそれを阻む。他所の【母親】というものがどんなものかは分からないが、我が家の母は、カレーの減り具合でそれを早々に察する人間だ。それがバレた日にゃあ、お小言は免れないだろう。
 現に、婚姻届の証人の欄について問いただしたとき、「お母さん、来栖くんなら大歓迎なのに」と元彼に対する嫌味を回りくどい言い方でたれたぐらいだ。「ご飯くらい良いじゃない」だとか何とか言われることは目に見えてしまうから、本当、嫌になる。
 だけど、逃れられようもないからと、彼を自宅内へと招き入れ、洗面所での手洗いを命じ、そのあとリビングに直行させてカレーを振る舞った。よそっただけだが。

「……いや普通に、嫌でしょ」

 食べたら秒で帰れ。
 そんな性根の悪さが顔面にでも出ていたのか、ダイニングテーブルを挟んで左斜めに座っている来栖は明け透けに疑問を投げ掛けてくる。
 嫌だったか、だと……? そりゃ、嫌でしょうに。気持ちの伴わない、欲と本能にかられた行為ほど虚しいものはない。
 記憶だって朧気(おぼろげ)だ。思い出そうとすれば、何となく、こんなことがあったようななかったようなどうだったかなぁ~? くらいにはなるけれど、思い出したくなんてないから掘り下げたりはしなかった。
 お酒の、酔った(ゆえ)の、過ち。お互いそれでいいだろう。二の舞を演じないようにもう関わらなければ、これまでの、一切関わりのなかった生活に戻れるのだから。
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