やさしいベッドで半分死にたい【完】
すこしも揺らがない手に呆れかえってしまった。あくまでも自分が濡れながら歩くつもりらしい。手を放そうとして、上からもう片方の手で押さえつけられる。


「花岡さん?」


私の声なんて無視したまま、歩き出した。


「逃げませんよ」

「そうか」


押さえつけるように握っていた手が離された。自分の意思で、柄を握る花岡の指先に触れている。ちらりとこちらを見た花岡の目が満足げだった。


秋雨の道を歩いている。

花岡の肩を見るたびに胸が疼いてしまうから、できるだけはやく、帰りつきたかった。


「藤堂? どうした」

「……いいえ。なんでもないです」


帰る場所になっているなんておかしい。傘を握る花岡の手に添えた指先に力を込めた。雨の世界は、湿った匂いに支配されていた。髪を撫でる花岡の指先に、痺れて溶けてしまいそうになる。


「撫でるの、好きですね」


苦笑して言えば、花岡が緩く笑んだ。


「お前限定だ」


耳元に囁かれてもいない。きっと、私に聞かせるつもりのない言葉だったのだろう。

悪いことをしている気になった。きっと、悪いことをしてしまっている。

知らないふりをして、うつむいている。


すべてが聞こえるようになってしまったら、花岡は、どこへ行ってしまうのだろう。
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