マリオネットは君と人間になる
「……つまり、私が次の劇で座長を演じれば、ケーブル代をチャラにしてくれるってことですか?」

「うん。そう」

 日野川先輩は満足そうに頷く。

「でも、お人形さんにメリットが何もないような条件を突きつけるほど、僕も鬼じゃない。……〝あれ〟、返して欲しいんだよね? お人形さんが座長を引き受けて、VD祭が無事に終わった暁には、お人形さんに〝あれ〟を返してあげる」

 まるで悪戯っ子のような不敵な笑み。

 日野川先輩の言う〝あれ〟の意味を知らない室谷さんと森くんは不思議そうに首を傾げて、私と日野川先輩を交互に見つめる。

 別に、もう遺書は誰の手にあってもいいのだけど……。

 私への脅しなら、お母さんへ迷惑をかけるということだけで充分だ。

「……わかりました」

 意を決してそう答えると、森くんはぎょっとした顔で私を見る。

「え、お前本気か? そんな面倒なことしなくても、たった三千円ちょい払えば済むことだろ」

「……私にも、いろいろ事情があるの。あんまり無駄な出費はしたくない」

 私が目だけを動かし、森くんを見てそう言う。すると森くんはしばらくきょとんとした後、「まぁ、金は大切だもんな」と呟いた。

 ……まるで、悪魔との契約のようだった。

 これで私が座長を投げ出して自殺でもすれば、もしかしたら日野川先輩は、私の家まで弁償代を請求しにくるかもしれない。

 話してから間もないが、日野川先輩は私の想像を超える行動を起こす人だ。そんなことも普通にやってしまう気がする。

 弁償代をチャラにする。代わりに私は、またしばらくこの苦しい世界に囚われることになる。

 どちらを選んでもデメリットしかない選択を突きつけてきた悪魔は、事前に用意していたのか、私に一枚の紙を差し出す。

「入部届け。一番下の空欄のところに、クラスと名前を書いて。一応正式な公演会だから、参加する人は皆演劇部の部員じゃないといけないんだ」

 しぶしぶ鞄から筆箱を取り出してシャーペンを握る。

 静かな視聴覚室に、白い紙の上でシャーペンが走る音だけが響く。


 二年C組 白樺水葉


 三人の視線を感じながら最後の一画を書き終えると、悪魔は二ッと白い歯を見せて笑う。


「それじゃあ、これからよろしくね。お人形さん」
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