マリオネットは君と人間になる
「それじゃあ、本番と同じように一回通してみるよ。皆、準備して」

 開幕は、ノアが一人で演技の練習をする場面からだ。

 室谷さんに「頑張ってくださいね!」と背中を押され、私は上手からステージの中央に立つ。

「役者さん達、準備はいい?」

「はい!」

「音響も大丈夫?」

「はい」

 下手には少し後に登場する森くんが控えていて、上手には室谷さんと竹市さんがいる。そして正面では、胡坐をかいて私を見上げる日野川先輩がいる。

 日野川先輩は私と目が合うとニコッと微笑んで、トランシーバーを口に寄せて言う。

「準備できました。照明お願いします」

 日野川先輩の声を合図に、ステージがすうっと暗くなっていく。

 さっきまで点いていた舞台袖の蛍光灯も森くんと室谷さんが消したようで、何も見えない暗闇に包まれる。目の間にいるはずの日野川先輩の姿も目視できない。

「……あ」

 今の声は誰のだろう。私の? それとも、他の誰かの?

 ドクン、ドクンと心拍数が速くなっていき、無意識に胸に手を添える。

 暗い。何も見えない。目を開けているのか、閉じているのかさえもわからない。何処までも続いていくような闇。

 ……怖い。

 何処からか、子供の泣き声が聞こえてくる。

 それが本物なのか、幻聴なのか、この暗闇では確認することができない。

 ——開けて、開けてよぉ!

 ——暗いよぉ……ひっく、うぅ……っ!

 誰が泣いてるの? 何処で泣いてるの? どうして泣いてるの?

 手探りで暗闇へと手を伸ばすが、その自分の手すら見えない。

 ——ごめんなさいっ! もう、絶対に、しないから……っ!

「は……はぁ、はぁ……っ!」

 荒い息が聞こえる。その息は誰の? どうして今、私はこんなに息苦しいの?

 ——出してぇ、ここから出してよぉ……。

 体がふらつき、両足に力を込めて踏ん張る。

 痛い。痛い。

 何処が痛いの? 頭? 胸? それよりもっと奥の、心?

 ……あ。これ、マズい。

 そう思ったときには、私の上半身は空中に放り出されていた。

 まるで、糸の切れた人形のように。


 ——ちゃんと〝いいこ〟にするから……っ、ここを開けてっ! 〝お母さん〟‼


 誰かの悲痛な叫びと、開幕のブザーの音が重なる。

 次の瞬間。

 誰かに支えられる感触を最後に、私の意識は途切れた。
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