ささやきはピーカンにこだまして
「お願いだから……」
「…………っ」
 なんなのよ。
 そんなに反省するなら、ばかなことするのはよしなさい。
 いくら――、いくら、わたしにお金を払わせないためだって。
「…………」
「…………」
 ああ、だめだ。
 そこを考えたら許しちゃう。
二紀(にき)には絶対に! ばれないようにして」
「――――うん」
 足元の影がゆらっと動いて。
 出された1歩がこわくて振り向いた。
「イチローさん……」
 なによ。
「これで同い年なんだから。一路(いちろ)って呼んだら、もっと…怒るかな」
「怒るよっ!」
「…………」
「…………」
 ひとの行き来の多い通りで、ガードレールにはりつくように立ちすくんで。
 そのままふたりとも言葉をなくして黙っていた。


 気まずい空気になんだか泣きそうになってきたとき。
 ひとごみの中を、角を曲がって走ってくる二紀の姿が見えて。
 ホッと息をついたわたしの肩に、うしろから(じゅん)の手がそっとのってきた。
 よけるよりも早く
「病人に肩をかすくらい、いいでしょ?」
 頭の上で小さな声がした。
 二紀が手を振りながら近づいてくる。
「誕生日がこんなにうれしいのは、初めてだな」
 耳元でささやかれても――。
「おーい、準、消化薬、消化薬」
 わたしも二紀がこんなに無邪気に見えたのは初めてよ。
「いてててて、サンキュー、二紀」
 その声はどう聞いても演技なのに。
「気にすんなよ。友だちじゃん。…コンビニで水も買ってきたよ」
「ごめんな。本当にありがとう、二紀」
「胃もたれに即効だって。レジのお姉さんが言ってたよ」
 素直にだまされている二紀がかわいくて。
 結局、共犯者になった午後8時。
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