頑固な私が退職する理由

 青木さんと初めて肌を重ねた時の話をしようと思う。

 その日は理沙先輩と大地先輩の結婚式で、私と青木さんは新郎新婦のために大役を果たし、役から解放された彼は二次会で先輩の菊池さんにしこたま酒を飲まされていた。
 案の定潰れた彼を、私が回収。彼をタクシーに乗せ、私も同じ車に乗った。
 私と青木さんが仲よくなったきっかけは丸山夫妻だ。
 彼は理沙先輩が好きで、私は大地先輩を狙っていた。
 私たちはお互いが惨めな敗者で、その傷を舐め合いながらお互いを知った。

 丸山夫妻と私たちは、私たちが振られて以降、気まずくなることなくいい関係を築いてきた。
 それは私や青木さんが意識的に雰囲気を作ってきたからなのだが、夫妻はどちらも能天気で鈍感なお人好しなので、私たちの努力には気づいてすらいない。
 だからこそ私たちに重要な役割を任せたりできたのだろう。
 動画制作を頼まれた時、私の技術とセンスを買って頼ってくれた喜ばしさはもちろんあったけれど、思うところがないわけではなかった。
 何年も経過していて関係も良好とはいえ、ふつう振った相手に頼む? こんなの、能天気でお人好しなこのふたりでなければ、当てつけだと思われても仕方がないのに。
 口に出したことはないけれど、青木さんも少しくらいそう思ったのではないだろうか。
 まぁ、青木さんは夫妻以上のお人好しだ。
 思ったところで断るという発想はなかったに違いない。

 タクシーが発車してすぐ。
 私は窓に寄りかかって目を閉じている青木さんに声をかけた。
「もういいんじゃない? 誰も見てないよ」
 すると彼はパチリと目を開けて体を起こした。
「おまえは本当にかわいくない後輩だな。“大丈夫ですか? お水飲みます? 私、買ってきますよ。うふ♡”くらい言えねーのか」
 下手な女の声真似に、「キモ」と悪態づきつつ笑う。
「言わないよ。本当はそんなに酔ってないじゃん」
「酔ったわ。飲んでるの見てただろ」
「後半抜いてたのも見てた」
「……ほんとにかわいくねー」
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