maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

それでもこの甘い抱擁から逃れたいとも思えずに、その腕に抱かれたまま。

「呼べよ」
「嫌です」

だって……わからないですか?

何も肝心なことを言ってもらえないまま、今この状況を理解できないまま、どうしてその要求に答えられると思うんですか?

あなたの考えていることがわからないまま、その名前を呼ぶだけでどれだけの女性から睨まれて生活するのか考えてしまう私は臆病者ですか?

もう庶務課に戻るのに、あなたとの接点はなくなるのに、そんな時に名前で呼ぶようになったら繋がりが切れなくなってしまう。

それを怖がる私は、名前で呼んでと請われて素直に喜べない私は、彼女たちと比べて……。

「呼べって」
「いーやーでーす!」
「……可愛くねぇな」
「……っ」

小声でぼそっと言われた言葉にビクッと身体が反応した。

自分でも思っていた言葉を他でもない天野さんに言われて身体が竦む。

ぐっと天野さんの胸を押し返してその腕の中から逃れると、しまった、みたいな顔をした彼を見上げて思いっきり睨む。

「えぇそうでしょうとも。可愛くない私は早々に帰らせて頂きます」
「ちょ、蜂谷」
「お世話になりました。月曜からは庶務に戻ります」
「はっ?」
「お疲れ様でした、天野さん!」

嫌味なほど彼の名字にアクセントを置き、踵を返すと走って駅へ向かった。




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