偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─

その日は、家で別荘の打ち合わせ中だった。

『すごい大事にされているんだね。二階にはセキュリティセンサーはいらないという話だったんだけど、凪紗さんの部屋にだけは付けてほしいと言われたよ』

父が離席したとき、向かいの冬哉さんがそう言って小さく笑った。

そのとき私はひとり立ちできていない自分が少し恥ずかしくて、『過保護ですよね』と顔を熱くしてうつむいた。

すると彼は、

『どうして。いいことだと思うよ』

とつぶやいた。それは顧客へのリップサービスかもしれないし、私をあしらっただけなのかもしれない。
それでも、そう言ってもらえたのは初めてで、うれしかった。

気遣ってくれたことに対して『ありがとうございます』とお礼を言おうと顔を上げたとき、ふと気づいた。

冬哉さんはテーブルの上のタブレットを、遠い目をして見つめていたのだ。焦点はタブレットの画面に向いていない。
心の内で、なにかを考えている。なにか大切なことを。
それはきっと、私の知らない彼なのだろうと思った。
< 145 / 211 >

この作品をシェア

pagetop