偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
「これを、予約席の男性に届けてもらえませんか」
「え? はい。予約席ですと、たしか妊婦さんといらしていた本村様、ですか?」
痛みでは涙が出なかった私だが、〝妊婦〟という言葉にトドメを刺された。
「……はい。そうです。お願いします」
これ以上は泣いてしまう。ウェイターさんがハンドバッグを受け取って中へ入っていったのを見届けてから、私はすぐに踵を返した。
手記を渡せた。これで、私の役目は終わったのだ。
いろいろなことが一気に起こり、灰になったようにフラフラと外の段差を降りる。
「──凪紗!」
よろけて転びそうになったところを抱き止められ、強い力で持ち上げられた。
「……アキトくん」
「捕まえたぞ! 走ってる車から降りるなんて無茶するな。もうひとりの体じゃないんだから。心臓止まるかと思っただろ!」
もう彼に対しても、騙し合いはしなくていい。心の底から安心し、涙で潤む目を細めて「ありがとう」とつぶやいた。
アキトくんの車は、今度は駐車場にきちんと停められており、私は大人しく助手席に乗った。
手ぶらの私を見て「バッグは?」と尋ねられ、首を横に振る。大きくため息を吐く彼に「ごめんね」とつぶやいた。
「……もう、いい。お前を病院に連れていくのが先だ。今度こそ、帰るぞ」
景色が動き出す。
窓にもたれ、離れていくお店を見つめながら、目を閉じた。
〝さようなら〟
心の中で、冬哉さんにお別れを告げた。