俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい

正式な婚約発表はまだだが、社長の側近である人達は知っているかもしれない。

現に、副社長の山倉さんは知っていたしね。


さすがに、これから一緒に仕事をすることになる秘書課の方々に挨拶をするのは緊張する。

こういう時、社長って付いてきてくれるもんじゃないの?
頑張れ、なんて軽々しく送り出してくれちゃって。

若干悪態をつきながら、深呼吸をする。

いざ、ノックをしようとした時。
ガチャりと扉が開けられた。
危うく、開いた扉が顔面に命中するところだった。

「おわぁ! びっっくりした。大丈夫?」

「は、はい。すみません……」

出てきたのは、大量のファイルを片手に抱えた女性。
驚かせてしまったようだ。

「あらぁ? 見ない顔ね。 どちらさん?」

四十代後半と思しきその女性は、銀縁メガネをクイッと持ち上げて私をまじまじと観察する。

このアットホームな感じ。
どことなく、スーパーのおばさま方に似ている……

「今日から社長秘書として参りました、陸あやめと申し――」

「あぁぁぁあぁ!あなたが陸さんね! やだ、可愛い顔してるわね〜。 社長、あんなんでよーくこんないい女捕まえたわ」

言い終わる前に軽く絶叫された。
しかもいい女って、そんなこと初めて言われたわ…。

「皆〜。陸あやめさんが来たわよ! ほら、ね、可愛い娘でしょっ!」

女性は私の腕を絡めとると、グイグイ引っ張って部屋の中に入れてくれた。
今しがた出会ったばかりなのになんてフレンドリーなんだろう…。

「あなたがあの社長に嫁いだっていう子ね! 私たち、待ってたのよ。 あぁ〜、これでだいぶ仕事が楽になるわぁ」

「ねぇ。ほんとほんと〜。 それにしても、あの社長とよく結婚しようと思えたわね。 もう尊敬しちゃうわ」

わらわらとやって来た方々が口を揃えてそんなことを言うのが引っかかる。

〝あの社長〟って、蒼泉のことよね。
なんだか皆さん、随分な物言いなんですが……。

「……待って。 陸さん、その顔。 まさか知らない? 社長がなんて呼ばれてるか……」

なんだろう、ものすごく不吉な予感。
知りませんと言うように、ふるふると首を横に振る。

「〝魔性の男〟」

「ま…魔性!?」

私が繰り返し叫ぶと、皆さんは揃ってうんうんと頷く。

魔性の女は聞いたことあるけど、魔性の男?
何それ、怖すぎるんですけど……

「と言っても、そう呼んでるのは私たちだけなんだけどね。 社長って、面倒臭いのよ。秘書っていう特定の人を付けないくせに、副社長とか私たちに世話係押し付けるし。 おかげでここ、総務はてんてこ舞い」

小さめなこの部屋では総勢十五名ほどが働いているらしい。
ここで、総務系の一切も担当しているのだとか。

プラス社長の世話係も担っていたようだ。

社長の側近は皆、社長のことを面倒臭い人と言う。

「でもね、あの人、悔しいくらい顔がカッコイイじゃない? あの顔でなにか頼まれると断れないのよね……一応ボスだし。 そんな社長の真の姿を知ってるのは、ここの人だけなのよ。 だからね、私たちはイケメン顔に気圧されて、他の社員はイケメン顔に惚れ惚れして……その自覚が無いとこがまた………ね、魔性の男でしょ?」

確かに否定はできない。
魔性の男……蒼泉にそんな顔があったなんて!
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