俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


「俺とエリカは〝婚約者〟という関係ではあった。
父親同士が旧友で、酒の席で交わされた軽い口約束だったが、それを聞いたエリカはチャンスと思ったんだろう。 実現するためか、一条コーポレーションに吸収合併を持ちかけてきた」

恐らく、口約束を形にするために、攻略結婚しようと考えたのだろうと思う。
ホテルで初めて彼女に声をかけられた時も、そのようなことを言っていた。

「有吉商事の社長さんも、このままでは潰れることが目に見えてたらしい。社員のためにも、取引先ごとこちらと合併することになってな。 エリカは攻略結婚を申し出てきた」

少し眉をひそめて言う彼は、エリカさんの自分への気持ちを知っていたのだろうか。

「でもその頃、俺はおまえを見つけていた」

俯いていた顔を上げると、そこには困ったように笑う蒼泉がいた。
私を見つけていたとは、どういうことだろう。

「スーパーで働く姿に、一目惚れだった。 俺の初恋だ」

「…ひ、一目惚れ…! 初恋……!」

驚いて目を見開く。
話が見えない。 私は彼の次の言葉を待つ。

「親父は三十目前の俺を早く結婚させたがってたし、エリカは攻略結婚を迫ってくるし…まあ、疲れてたんだ。 会社の帰りにおまえを見つけて、心を癒していた」

「ち、ちょっと待った!? そ、それって少なくとも…一年は前なんじゃ……」

彼は今三十歳。
三十目前の彼と言ったら、一年は遡るだろう。
ちなみにスーパー角谷は、立地としてはマンションと会社の間にある。
蒼泉の会社帰りにパート中の私を見られていた、なんてことは実現可能だ。

「そうだ。 二年前、おまえを見つけた」

ひ、ひぇ……! それからずっと私を……?
下手したらストーカー!
恥ずかしいのと、あと若干の恐怖。
複雑な感情だ……。
頬をヒクヒクさせている私は置き去りに、蒼泉は話を続ける。

「でもさすがに、犯罪はできない。 ちゃんとお前のご両親に許可を貰ってから、毎日眼福させてもらっていた」

両親に許可……眼福……?
まって、怖い。 蒼泉ってこんな人だったの。

「ご両親…特にお義父さんは、エリカとの攻略結婚話が落ち着いたらあやめを嫁に欲しいという願い出に渋られた」

どこか懐かしむように朗らかな瞳をする蒼泉に、私は口をパクパクさせる。
衝撃すぎて、言葉が出ない。

「可愛い一人娘をこんなに早くも嫁に出すなんて。と。 それでも俺はなんとか許可を取った。 求婚の許可が降りる頃には、ご両親やお祖母さんとも仲良くなっていたな」

そうか。数ヶ月前、家に結婚の挨拶をしに行った時の両親、祖母のあのあっさりさはそういうことだったんだ。
そりゃあ、二年も前から娘を嫁に――と言われていれば、容易く送り出されても無理もない。
あぁぁあ。蒼泉の知らない面があらわになっていく。

「それでようやく昨年の終わり頃、エリカとの結婚の話を白紙にできた」

私に求婚してきた時期と重なる。
あのプロポーズは、求婚というか、私にお断りの余地はあまり与えられなかった気もする。
最終的に決断して堕ちたのは私だけども……。

「あの日スーパーでお前に、詐欺扱いされた時はさすがにショックだったが…お前を無事傍におけて俺は満足だった」

ショックだったのね。
二年越しのプロポーズを詐欺扱いされたのは。

「それが今になって、エリカが再来するとは……だいたいなんだ、吸収合併先から代表して社長令嬢先行就職って」

嘆息する蒼泉の言葉には私も苦笑いだ。
吸収合併で実質自分の会社が無くなるというのに、嬉しそうにしていたエリカさんの表情を思い出す。
でも彼女はそれだけ、蒼泉のことを好いていたのだ。

「さすがに、一度はっきり断っているから大丈夫かと思ったが、俺の考えは甘かった。 エリカが来てから一ヶ月…今日やっとだ」

蒼泉は小さく息を吐き出す。
それから私の瞳を捉えて言う。

「待たせてすまない。 あやめ」

待った…のかな。 待ち時間で言ったら、蒼泉の方がよっぽど長かったような気もするけれど、うん。
まあ、どっちでもいっか。
今は彼の謝罪を受け入れて、気持ちを伝えよう。
たった今はっきりした、私の気持ち。

「好きだ、あやめ。 世界で一番、誰よりも」

あぁ、また。語尾にそんなスケールの大きい小っ恥ずかしい台詞を。
恥ずかしげもなく言ってのけちゃうあなたが、私の最愛の旦那様だったのね。

「私もよ。 私も、蒼泉のこと好きになっちゃった」

私は恥ずかしくて、これが精一杯の表現だ。
それでも蒼泉は、喜んでくれるんじゃないかな。
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